渚滑からのつぶやき

最近、授業を観てみると共通していることがあります。

それは、子供たちが体を動かすための手立てをとっている学習が多い

ということ。

今日、紋育バンクを通じて、楽しく体を動かすメニューを指導してくれる講師を派遣してもらいました。

走り方、スタ―トのコツを教えてくださったり、

身の回りにある道具を使った体つくり運動など、子供たちは楽しく体を動かしていました。

 

低学年の教室の後ろには、ラダーが置きっぱなしにしてありました。

とてもいい試みでした。

なぜなら、前日の音楽の時間に、3拍子のリズムを体感する学習をしていました。

トントンパ、トントンパ…。

3拍子のリズムです。

こうして、運動の場をさりげなく設定することで、あきの時間を使って、子供たちは自然と体を動かす

ものです。

 

この他に、エプロン袋を使って、障害物くぐりをしています。

子供たちはキャッキャ言いながら、飽きずに繰り返し取り組んでいます。

 

これらの運動の共通点は、

「シンプル」

ということ。

難しいルールなく、分かりやすいということ。

ここに自分たちでルールを作ったり、

コツを伝え合うことで、思考・判断・表現力などを鍛えています。

 

私は、玄関で子供たちを迎えるとき、このボールを子供たちに投げます。

「爆弾だ!!」

といって、カウントダウンすると、子供たちはキャッチしてすぐに友達に投げます。

自然とボールキャッチが始まります。

子供たちに運動を仕掛ける方法はいくらでもあり、

シンプルなほど長続きしますし、思考する機会が増えるものです。

 

また、シンプルなグッズを探してみることにします。

先週、避難生活訓練を実施しました。

「災害が起きた時に、必要だと思うものは?」

の問いに、子供たちは相談を始めます。

「食料」

「トイレ」

「お金」

などなど、その根拠をもって発表します。

 

子供たちは、このような避難生活を体験していないですし、

職員でもこのような体験は皆無かもしれません。

紋別市役所の総務部の方が、段ボールベッドを持ってきてくれました。

各学級で組み立てていきます。

「つぶれないね!」

興味津々の段ボールベッド。

 

次に、非常食、避難セットを確認です。

テントにも入ってみました。

 

いざという時の対応は、想定しておくことが前提です。

 

「もし、この生活が、三日続いたら?」

「もし、一か月なら、どう?」

 

そう問い返すと、子供たちも考えています。

楽しい学習の時間だったようですが、

いざこの生活を続けるとなったら…。

 

考える機会を与えることはできたようです。

本日、遠足でした。

 

朝の会では、待ちきれない子供たちの様子が伝わってきます。

玄関前で出発式を待つ子供たちの声は高らかです。

でも、いざ始まると…、

子供たちは一気に変わります。

ありがちな、

「静かにして!」

「話すからこっち向いて。」

の枕詞は必要ありません。

担当者が話し出すと、ぴたっと私語をやめ、目線をびしっときめています。

始まってからの切り替えが整っていました。

「行ってきます!!」

とても楽しそう、嬉しそう。

片道2キロ強の「せせらぎ公園」を目指します。

到着後、全校遊びを始めました。

担当の児童が、要領よく的確な言葉を使って説明していました。

身振り手振りを使うだけでなく、

実際に演じて説明をしています。

3つのゲームをしながら、子供たちと先生と交流を深めました。

先生たちが真剣に遊んでいる姿。

素敵でした。

先生が本気じゃないと、子供も本気になりませんから。

私は、その様子を見ていて何度も大笑いしました。

 

さて、お弁当の時間です。

…とその時、

パラパラ…。

小雨が降ってきました。

機転を利かせた先生たちが、雨宿りできる場所へ数グループに分けて避難させました。

雨はこの時間だけで、残りの時間は帰りまでたっぷり体を動かすことができました。

 

帰校した子供たちはぐったり疲れていました。

最後の一言で、私は子供たちに約束を一つしました。

 

みんないい顔の遠足でした。

先日、ある大学の教授から連絡が来ました。

4月21日のブログ「地味を大切に」を見て共感したとのこと。

 

教頭が職員室の机の上の整理整頓に感動したという価値付け記事を見て、

 「整理整頓に価値を見出せるということは、自分も意識して率先して取り組んでいること。

 整理整頓を子に指導できる人は、いろいろな場所の整理整頓を心掛けている人。」

という内容。

数多くの大学生を相手にしている彼は、自分と関連付けて読んだようです。

 

結びにこう書いてありました。

「私は、汚れている教室を見て、自分で掃除をしていた。

 でも、改善しないことに疲れ、見て見ぬふりをして怠けてしまっていた。

 これではだめだ! 

 学ぶ環境を自分たちで整える人(学生)となってほしいから、また、掃除を再開する。」

 

私は、この言葉に、彼の奮闘する姿を想像したのと同時に、

私が日々とっているアウトプット手段に反応してくれる人がいるということに価値を感じました。

 

今、私がとっている手段とは、言葉によるアウトプットです。

事実をもとに、自分のフィルターを通してその価値を皆さんにお伝えしているということ。

ともすれば、一方通行で終わってしまいがちな情報ですが、それに反応してくれることに、

うれしく思います。

 

反応が好意的でなかったとしも、

自分が届けたいメッセージとは違う視点で受け止められたとしても、

このように「アウトプット」することに目的とスキルをもたなければならないことは多いものです。

 

 

毎週末、私は各学級の担任が発行する「学級通信」に目を通します。

この学級通信は、作成者の「人」が表われていて面白いです。

通信にQRコードを紹介して、リンクした子供たちの学んでいる動画を紹介するなど、

数年前とは違った方法でアウトプットしている教員もいます。

 

私の私見として、学級通信には何かしらの担任のメッセージがあるとして捉え、

「この人は何を伝えたいのだろう…。」

と探りを入れながら読むことが多いです。

 

本日発行のなぎさ1学級の担任のメッセージが目にとまりました。

本人の了承を得て、次の通り紹介します。

 

【ことばは意外と難しい】

最近、こどもたちと活動していて気付いたことがあります。

それは、「彼らは私たちが思っているよりも、言葉を知らないのではないか。」ということです。

 ある日、みんなの楽しかった出来事を説明する学習をしていたとき、

「休みの日にどんな楽しいことがありましたか?」と聞いてみました。

子どもたちは口々に答えてくれますが、

「北見!(北見に行った)」

「家!(家にいた)」

など単語での返答が多く、

「では、北見のどんなことが楽しかったですか?」とたずねると、

「……。」

なかなか言葉がでてきません。

「誰と行きましたか?」

「どんな食べ物を食べたの?」

と一つずつ質問していくと答えが少しずつ帰ってくる…といった様子が多く見られました。

 学習の最後に「説明しづらかったですか?」と質問してみると、ある子が、

「どういえばいいかわからないなぁ」と素直に教えてくれました。

 思い返してみると、私たちが普段何気なくしている会話は、

 意外と内容よりも「表情」や「動作」、「テンポ感」「熱量」など言語以外で成立している場合も多いように感じま す。

 ただ、そういった非言語に多くを依存するコミュニケーションに頼ったままでいると、

思うように言葉で説明できずに勝手にしたいことをしてしまい、トラブルになってしまうなど、思わぬコミュニケーションエラーが起きることがあります。

「ここでこういえばいいのに…。」と周りは思っていても、本人からすると、

「何を聞かれているかわからない…。」

「なんて言えばいいか分からないけど考えなきゃ…。」など、必死にいろいろなことを思考していることが多いです。

 今回の学習で、私はみんなの困りに気付くことができました。自立活動ではこうした子どもの困りにアプローチして学習を行っていきます。ぜひ、おうちでもお気付きの点があれば教えていただけると幸いです。

 

 という内容。

この担任が体験した事実を、自分の思いを通して価値付けて、保護者にアウトプットしています。

 

私は、その考えが正解かどうかではなく、自分は担任としてそう判断しているから、この次にこうしたい。という発信が必要だと思っています。

もし何かあれば、相談すればいい。

こうした、メッセージには「人」が表れるのだから、言葉に味を出して欲しい。

そう思っています。

 

ゴールデンウィーク後半突入を前に、教頭がこんな言葉を、職員掲示でアウトプットしていました。

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【感謝】一か月お疲れ様です。

 おかげ様で、無事、1か月が終わろうとしています。先生方の日々の意図的な関わりにあらためて感謝します。本当にありがとうございます。
 ゴールデンウィーク前、最後の一日ということで、子どもたちの中には、うきうき、ふわふわで登校してくる子もいるかと思います。こういう時にトラブル、事故が起きやすいものです。本日も気を引き締めて一日を乗り切り、有意義なゴールデンウィークを迎えましょう。本日もよろしくお願いいたします。

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それではみなさん、よい休日を。

「物事を多面的にみる」

という言葉があります。

人や状況を一方的に見て判断するのではなく、様々な角度から見たり聞いたりして判断するということ。

例えば、私は身長が高いです。ですから初見、子供は近寄ってきません。怖いみたいです。

でも、少し話してみたら、違った印象を持ってもらえることもあります。

こうした印象、先入観というのは自分の体験から出来上がることが多いものです。

 

さて、みなさんは次の言葉を聞いて最初に思い浮かべるものは何でしょう?

 

「友達」

「家族」

「先生」

 

多分、これまでの生き方によって、誰もが想像するものが違うのではないかと思います。

その中で、「先生」と聞いたら何を思い浮かべるでしょう。

 

 

ここで本題に入りますが、

案外、子供たちも先生たちの表の顔しか知らないものです。

それなら、新たな一面を見せようじゃないかということで、指導部が中心となって計画し、

月一度の全校朝会で、校長の話ならぬ「先生たちのお話」と題して、

先生たちが各々テーマをもって、子供にメッセージを届けようという企画を立ち上げました。

 

今年第1回目の担当は、低学年担任です。

「子どもじまん」を視点にプレゼンするようです。

昨年誕生した自分の子の子育て奮闘記です。

この話を聞いている子供たちの表情が生き生きしています。

「離乳食をつくるときも、いろいろ考えました。」

「へぇ!!!!」

終盤に近付くにつれ、メッセージが見えてきました。

 

『ご飯を食べる時もね、手で握って柔らかさを知ろうとしていたり、

 ごはんを下に落として、落ちる様子を見ていたり、

 その様子を見ていたら、叱ってしまいたくなるかもしれないけど…。

 でも、失敗に思えるけど、学んでるんだな…って思えるんです。

 みんなも、たくさん失敗して、そこから学んでくださいね。』

 

笑いあり、驚きありのプレゼンは、

多面的に見ると、赤ちゃんの「かわいらしさ」と「生き方」、「失敗から学ぶ」だったようです。

聞いている人たちは、どんな視点で聞いていたことでしょう。

 

このあと、子供たちに感想を聞きました。

低学年の子は、「かわいかったです。」

という感想でした。

こういう場で感想を述べる学習は、貴重です。

感想や質問したいことを考えながら聞く癖がつくと、

聞くための視点(こつ)が分かってくるからです

高学年につれて、レベルの高い(視点を決めて、自分と関連付けたり、比較させたりなど)

感想が出てくると、本校が日常授業で意識する「見方・考え方を働かせた学び」の分析にも使えそうです。

 

朝から素敵な雰囲気でスタートできるこの活動。

手探りではありますが、楽しみな活動です。

まだまだやってみたい企画もありますが、この活動を1年間継続してみて、

先生たち、子供たちがどう振り返るか楽しみです。

 

まずは難しいことを考えずに、楽しく。

 来月は、「事務職員」が担当します。

みなさん(どなたがご覧になっているのか分からないのですが…)は、幼い頃、「怖い話」を聞いたことがあると思います。世にいう怪談話。

最近、この怪談話を学校で話すことを禁止する学校があるそうです。

その理由は、「夜、子供が怖くて眠れなくなるから。」

「トラウマになったら取り返しがつかない。」

と保護者からの指摘があったとのこと。

だとすると、過去の私は恰好の指導標的になっていたことでしょう。

 

休み時間になると、「先生! 怖い話して!」

と要求され、私は、

「よし! 怖い話するよ。聞きたい人集まれ!」

そう言って、カーテンを閉めて、わざと暗く低い声を出して話したものでした。

噂が広まってほかの学級の子も集まってきたものです。

「ぎゃぁ!!」

と叫び声をあげる子もいました。

でも、そういう刺激を求めて何度も話を聞きに来る子が多かったのも事実です。

 

たしかに、親にとって、子が眠れなくなることは心配なことです。

でも、子供が「怖い」と思えるのは、その話の状況をイメージできているからです。

つまり、その状況を想像する力があるということ。

 

私は、先を見通したり、見当をつける力は、生きていくうえで大切な力だと思っています。

水彩画を描くとき、筆洗いの水差しに水を満杯に入れて溢れて持ってくる子や、

パレットに絵の具を山盛りに入れて、べとべとになっている子…。

 

必要な量を見通せていない証拠です。

見当をつけたり、予想したりする力はこの他にも活用されるものです

 

こうした想像力を身に付ける方法としていくつかの手段がありますが、

まず、代表的なことは、「本を読む」こと。

文章の言葉から情景や、登場人物の心の変化を読み、作品のメッセージを読み取るのです。

 

もう一つが「物の質感、量感」を鍛えること。

 

皆さんも以下の問いに答えてみてください。

「何人ぐらいいますか? 3秒で答えてください。」

 

(フリー素材)

時間をかけて人数を数えれば分かることですが、

ここで試したい力は、「およそ」を考える力なのです。

多分、20名弱と答えたり、30人はいないかな…。

と答えるはず。

 

でも、こうした量感を鍛えなかったら、「100人!」などと、思いついた数を言ったり、

「分からない。」と答えるのです。

 

以前、ある学校で勤務していた時、

その市の港に豪華客船が来るということで子供たちと見学に行ったことがありました。

豪華客船を前にして、私は子供たちに予想させました。

「大きな船だねぇ、船の長さはどれくらいか予想してご覧なさい。」

 

紙に予想した長さを書かせて提出させました。

すると子供たちの中には、「1キロ」と答えたり、「10メートル」と答えたりする子が4分の1ほどいて、

長さの概念を理解していなかったのです。

算数で長さの学習をするけれど、概念は理解していなかったということ。

これでいいのか?

長さの足し引き算ができても、実際の長さや重さを想像できなくていいのだろうか?と…。

 

それから私は、自分にできる教育を考えました。

いたってシンプルです。

とにかく想像させることを問うのです。

算数では、生活の中で使わない数字や単位を使った問題が出されます。

例えば、「1人、6分の5㎏の土を使うのなら、3人分なら何㎏の土が必要になるか?」

 

こうした数字に対して、

「6分の5㎏って、1㎏より重いの?」

とか、

「6分の5㎏の土って、どのくらい? 手で表現して。」

など、さらっと聞くことを増やして、そうした問いを継続しました。

 

国語でも、

『登場人物に「お母さん」が出てくるけど、

もし、「母ちゃん」や「母さん」、「おっ母」だとしたら

どんな人物像になるだろう? 

お母さんの人物像を表している言葉を見付けてごらん。』

など、言葉に着目させて想像させることを意識したものでした。

 

私は渚滑小学校の授業をそういう視点で見ています。

「想像させるその材料を与え、思考させて考えを言葉で表現させているか?」

ということです。

 

今日の渚滑小学校へ戻ってきましょう。

今日、私のミッションは、「各担任は、先週の提案授業後、協議したことをどのように活用しようとしているか?」

を観ることにしました。

 

4年学級では、算数をしていました。

「見通す」過程で、「10倍」という言葉を使っていました。

「まとめ」では、この言葉を使ってまとめてありました。

 

中学年学級では、「時間の長さ」の学習です。

「時間を足すことで、何分先の時刻が分かるか」

ということ。

 

「どうして足し算だっていえるの?」

の問いをして、

「あわせて」だから!

と言葉から根拠を確認しています。

「まとめ」を子供たちが考えて進めていました。

その時の視点は、「時間をたして、分をもとめ、時間になおす」

ことでした。

 

低学年の外国語活動では、じゃんけんをして大盛り上がりでした。

1年生学級では、クロームブックを使って調べ学習をしています。

学ぶことを楽しいと思えるために、

子供に、

学びがつながっている→自分の生活や次の学習に活用できる

を実感させられるか?

だと思います。

先生方は日々研鑽を積んでいるのです。

本日、交通安全教室を行いました。

紋別自動車学校の職員の方、紋別警察署の方に指導をお願いしました。

まず、開講式を行い、私と警察署の方が子供たちと職員の方に挨拶をしました。

挨拶を聞く時の態度、そして反応がとてもよかったです。

「昨日、交通事故がありました。

 信号が青だといっても安心してはいけないのです。」

という警察署員の方の言葉に、うなずきながら聞く子供たち。

「えぇ!!!」

などの感嘆の言葉も出ています。

「眼で聴く」といった感じでした。

その後、自動車学校長や警察官の方が私にこうおっしゃいました。

 

「いやぁ、子供たちがあれほど反応してくれると、話をしていても気持ちがよかったです。」

「普段から意識しているんですか?」

 

いろいろな学校で同じように話をしている警察官の方からのフィードバックは、

私もうれしく感じました。

 

その後、私は帰校して畑づくりに精を出しました。

裏の畑から土を運んでくださった、PTAの大久保さんと公務補と、

暖かい日差しの中、せっせと力仕事をしました。

新しい畑の周りに境界となるブロックを40個敷き詰め、(これが結構きつかった…。一つ20キロ以上あったと思います)

その後、土を運んでもらいます。

土をならして、完成です。

子供たちが、「何してるの?」

と聞いてきます。

陽もばっちり当たっています。

心地よい疲れです。

「校長先生、お疲れさまでした。ありがとうございます。」

と声を掛けてくれた職員の声が、素直にうれしかったです。

 

さて、これからは先生と子供たちの出番です。

人によって「当たり前」は当たり前ではないことが多いものです。

でも、私たちが大切にしたいことは変わりません。

例えば、「挨拶」、「整理整頓」、「目標に向かって頑張る」などです。

こうした当たり前って、続けることは難しいものです。

 

今日、学校を観て回っていると、大切なことを大切に指導している先生たちの姿がありました。

 

月曜日の朝の時間、「縄跳び検定」をしています。

昨年度まで、休み時間を利用していたのですが、「子供たちの休み時間を確保しよう」という視点で、

朝の活動としました。

昨年、縄跳びが上手く回せていなかった子が、

4回跳ぶことができるようになっていた姿を見て、

「継続は力なり」の言葉がぴったりでした。

 

2年生の教室では、カードを糊で貼り付ける作業をしていました。

その中で担任は、「カードのどこに糊をつければいいんだっけ?」

と何気なく問うていました。

低学年だけでなく、こうした指導が徹底していなかった子は、

紙一面にべったりと糊を塗り、紙がしわしわになっていることがあります。

提出したときに、周りの紙とくっつき、作品が台無しになることも…。

 

紙の端にそって一本の線で…

そういう声掛けが大事なのです。

 

そして、6年生の教室。

机の上がきれいに整頓されています。

これは休み時間です。

前の授業の後、教科書類を出しっぱなしにすることなく片付けたことがわかります。

机の中も整理整頓されています。

担任の声があったことでしょうが、この先、これが言われなくても当たり前になるといいですね。

 

最後は、職員間で情報を共有するときに使う、職員室内の校務パソコンの画面です。

ふと見ると、教頭が先生たちの机の上の整理整頓について価値付けるコメントがありました。

「職員室の机の上がきれいで、感動しています。」とのこと。

 

こういうふとした場面に価値を見出せるチームがいいと思っています。

案外、「地味」なことに大切な要素があるものです。

雪解けが進み、校舎周りに見える「白」景色が変わりました。

こうなったら行動に移したいことがありました。

それは、「畑作り」です。

 

昨年度、畑の使い方、作物の世話、収穫祭の流れについて、全職員が考えました。

「土起こしから、作物を収穫して食するまでの活動を、もう一度見直そう」

というものです。

昨年、私は「収穫祭は中止しよう」という提案をしました。

その提案に一石を投じた職員たちだったのです。

システムをすべて見直し、その構想を視覚化し直したのです。

ここまで形にしたのですから、今度は管理職の出番です。

 

これまでの活動を見直したときに、物理的な課題も見えてきました。

校舎の裏にあるために、「日照時間」「世話をするときの子供の動線」を考えたとき、

畑の移動が有効だと分析しました。

 

そこで、職員の要望を叶えるべく、PTAの方と相談の上、実行することにしました。

 

先日、酪農家の保護者の方に重機で仮掘りしてもらいました。

「うまく掘れないな…。」

という報告を受けました。

 

そこで、「手掘りしよう。」

ということで、私と公務補は二人でシャベルを手にしました。

3×15メートルの土地は、想像以上に広く感じました。

粘土で足はとられ、砂利が混じった土にスコップはうまく刺さりません。

「こりゃ、数日掛かるね…。」

とつぶやきながら、せっせと掘り進めました。

腰も痛いし、息も上がる…。

でも、言い出したからには止めるわけにはいかぬ!

5分の1ほど掘り進め、休憩しようかと思ったその時!

 

「何してるの?」

という男性の声が…。

その声の主は、ちょうど玄関前の工事に来ていた「大和建設」の方でした。

『畑を作るんです。』

と説明すると、

「ん? 手で?」

『はい、どれだけ掛かるか分からないですけど…。』

「大変だろう。なんも、やってあげるって。重機あるから、できるって。」

『えええええええ???(目が輝く)

 いいんですか??

 ほんとに、甘えてしまいますよ!!!!』

ということで、お願いすることにしました。

 

2時間ほど、重機で土を掘り、その上ダンプで廃土までしてくださいます。

お昼をはさみ、砂利を敷いてくれました。

オペレーターの鈴木さんは、丁寧な作業をしています。

手作業で砂利をならしているかのように、ゆっくりと動かしています。

こうして1時間ほどで、砂利の整地が終了しました。

 

私は、社員の方々とお話しする中で、

「いい顔してるな。」

と感じました。

「いいって! 世話になってるし!」

「何かあったらまた言ってよ。校長!」

と掛けてくれた言葉と一緒に、いい顔で笑ってくれるのです。

 

「いいひとだぁ…。」

心の声がだだ洩れです。

 

「ありがとうございました。」

と心から申し上げました。

学校は、いろんな人に支えられて成り立っていることを再認識しました。

 小林さん、鈴木さん、社員の方々、お世話になりました。

これからも渚滑小学校をよろしくお願いします。

 

この次の作業は、畑に土入れして土を起こします。

今年1年間が楽しみになってきました。

 

 

   (低学年の体育 楽しみながらシンプルな運動で体を動かす)

 

 

今日の私のミッションは、「子供たちとたくさん話す」ということに決めました。

自分から声を掛けようとしていましたが、子供たちから話し掛けられる機会が多かった一日でした。

 

まず、本日は「全国学力学習状況調査」で、6年生が国語、算数、理科の問題にトライしています。

全国の6年生が一斉に調査します。

 

今日は、一年生の子と話す時間が多く、色々な視点で観察することで多くの気付きがありました。

一年生の教室に行くと、こんな写真が机の上に置いてありました。

机の中を撮影した写真です。

「机の中の整理整頓の仕方」を視覚で分かりやすく指導していました。

この他に、担任がいくつかの写真カードを常備していました。

校舎内の場所を撮影したカードです。

「この次の時間は、ここに行きます。」とか、

「今の学習が終わったら、どこへ行きたいですか?」

と訊ねています。

言語化して説明しずらい場合に役立つ手立ての一つです。

子供は安心して「主張」できるわけです。

 

この他にも担任は、「規律」も丁寧に指導していました。

授業の終わりのあいさつ。

教室から出ていくときの椅子のしまい方など、

どれも大切な規律指導でした。

 

本校の支援員や学習サポーターは優秀です。

その人材が効果的に機能するために必要なことは、

「情報共有」です。

担任と支援員が情報を共有し、役割分担して、指導の手立てを見付けています。

 

今日、支援員が私にこんなことを教えてくれました。

「今日、〇〇さん、立派だったんですよ。

 自分で失敗したこと、謝ることができたんです。

 あのことを謝ることができたなら、これから何でもできますよね。」

 

と、その子を前に私に報告してくれました。

その内容を聞いていたその子もまんざらでもない表情で、照れていました。

ミスしても褒められる経験は、とても大切な経験です。

 

「すごいな。スーパー一年生になれるな。楽しみだ!」

と私が話すと、本当にいい顔をして笑いました。

 

その後、校長室のドアをノックする音がします。

「しつれいします。」

という小さな声がしました。

「校長先生にみせたいものがあります。」

と言うのです。

 

教室に置いてあるそうなので行ってみました。

廊下を歩いているときも、

「すごいんだよ! ほんと、すごいからね。」

と早く見せたくて仕方ない様子です。

 

ジャァ~ン!!

ブロックで動物や想像の生き物をつくったそうです。

「すごいな!! いっぱい作ったね。

 いくつあるんだろう…。」

 

数の数え方の導入に使えそうです。

「一番気に入っているものはどれ?」

 

そんな会話をして、教室を後にしました。

 

たった一週間ですが、一年生はできることがどんどん増えていることが分かります。

担任の言葉柔らかく、細かな指導。

担任をサポートする交流学級の担任や、支援員、サポーターが機能しているからです。

 

時は過ぎまして…、

休み時間、ある子供が話し掛けてきました。

「校長先生は、優しい人だね。」

いきなりです。

『ほぉ、うれしいこと言ってくれるねぇ。あなたにとって優しい人ってどんな人のことをいうの?』

「落ちている鉛筆を拾うような人。」

『校長先生は、そういう人に見えるんだね。

 じゃぁ、毎日下を向いて歩いていくよ。 はははっは…。』

 

廊下を歩いていると、私に話し掛けたそうにしている子がいました。その子は4月に転入してきた子です。

『ん? 〇〇さん、元気?』

「はいっ!」

『渚滑小はどうだい? 何をしている時が一番楽しい?』

「友達と遊んでいるとき。」

『そうか、友達ができたんだね。勉強はどうだい?』

「少ない人数だから、すごくやりやすいです。」

『そうか、それはよかった。まぁ、何か悩み事あったら、校長先生にも言ってよ。じゃあね。』

 

この他にも、自分が好きなキャラクターを教えてくれる子や、

体育館で夢中になって体を動かす子、

過ごす場所は違えど、みんなつながっている感じがしました。

 

休み時間が終わり、二年生の国語の学習を参観しました。

物語の学習をしています。

登場人物の会話文をどのように読むか、学習しています。

誰がなにをしたか どんなことをいったのか、何度も読むことで内容を理解するのですが、

国語では、「言葉」に着目します。

 

ゆれる ゆれる おどる とける とける 水になる

 

といった表現を、リズムよく読んだり、

繰り返す言葉のあとにイメージする状況を楽しいと気付かせる指導も大事。

 

私がじっと見ているので、役割読みをすることが、恥ずかしくなっていた二年生に、

「校長先生ね、不思議な文を見付けたんだけど、

 『南の方を向いて言いました。』って書いてあるよね。

 どうして南の方なんだろう…。北とか東じゃダメなのかね?」

と問いました。

 読むことをこだわらせるには、こうした「言葉」に着目させて、考えさせる必要があります。

すらすらと読むためには、こうした情景のイメージが大事ということ。

 

 授業をみていると、こっちが楽しくなります。

 

というように、今日の私のミッションは多岐に渡り楽しい時間となりました。

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