もし、子どもが「頭が痛い・・・。」と話して来たら、
みなさんはどう対応するでしょうか?
「頭が痛いなら、休んでいなさい。」とか、
「くすりを飲みなさい。」と言う方もいるでしょう。
でも、頭が痛い原因が、寝不足だったとしたら、薬を飲むことは得策だとは思えません。
痛みの本質を見ずに、結果だけで判断しているからです
ここでいう「本質」とは、形にみえる物事の根本的なこととして定義付けます。
さて、先日の職員会議で、私は来年度の「経営方針」を発表しました。
方針の根拠となるデータや、学校の実態(つよみ・よわみ)、地域の特色や今後望まれる能力を
俯瞰(ふかん)して判断し、来年度すべきことの道筋について発表したわけです。
その中で、「学びの本質」「深い学びの対極にある浅い学びとは?」
についてプレゼンしました。
今日は、その方針について、具現化しようとしている教員を紹介します。

三角形の面積を求める学習を進めていました。

三角形をコピーして、平行四辺形を作ります。

ICTの利活用というものです。
子どもが解決の方法を説明した後、
「三角形をコピーしたと言ったけど、コピーするとはどういうこと(算数の視点で)?」
と、問い返しました。
子どもに「2倍した」ことを言葉で表現させたいというねらいがあります。
私は、これがこの三角形の面積の「学びの本質」に近付く問いであると思いました。
「すでに学んだ形なら面積は求められる。2倍して平行四辺形にして2で割れば1つ分になる。」
という抽象化する(本質を見極めるために、細かい枝葉を切り捨てる)ことで、学びの根っこを学ぶということです。
この授業のまとめは、三角形の面積の公式を導き出して終わりです。
でも、本質はその奥にある、「なぜその公式が成立するのか?」です。
「深い学び」⇔「浅い学び」
浅い学びとは、汎用性がない学び
この授業範囲でいうと、「公式を忘れてしまったら、答えられないから、公式を覚える」
というのが浅い学びです。
世の中には、三角形の面積の学習授業プランは、相当な数があると思います。
でも、この三角形の面積の本質を学ばせている授業は、どれだけあるでしょう。
教員の腕が試されます。
この授業の後に、授業者が私の部屋にやってきました。
「さっきの授業、どうでしたか?」
こういう貪欲さ、学び続ける姿勢に、私は感心させられます。