学校からのお知らせ

11月の自分を

 11月の生活目標は、「新しいことにチャレンジしよう」でした。

今月初めの全校朝会で、私は、

「チャレンジするっていうけど、失敗するのこわいでしょ…。

 校長先生も、小学生の時、少年団の試合で監督に、

『代打、いけるか?』

 って言われたとき、打てる自信がなくて、断ったんだ。

 

 その時のコーチに、『なぜ、代打を断ったんだ? 失敗してもいいじゃないか!』

って、叱られた…。

 でもさ、やっぱり失敗するのが怖くてね…。

 挑戦するって難しいと思わないかい?」

 

 そう尋ねると、子供たちはうなずいていました。

 

「ただね…、成功するかどうかは分からないけど、やったぞ!って思える人は、

絶対に挑戦した人だと思う。

 みなさん、今月は、何かに挑戦してみてください。」

 

 と、声を掛けました。

 

…さて、一か月が経ちました。

苦手な野菜を食べることにチャレンジした子。

跳び箱に挑戦して結果を出した子。

朝学習を始めた子。

など、ボードにはたくさんの言葉が書かれています。

その言葉に返信する子もいて、仲間で価値付けています。

 

来月は生活目標が変わります。

「もうチャレンジすることは止める?」

という声を掛けたとしたら、子供たちは何と答えるでしょう。

6か月の変容

 しばらくブログ更新がおこたり、申し訳ありませんでした。

 

さて、公開研を終え、1年の折り返しをして、まもなく、1年間のまとめを意識した教育を進めることになります。

 今日は、6か月の変容を見てみようと思います。

 

これは、4月の1年なぎさ組の様子です。

机に座って学習を進めることに慣れていない子たちは、担任と支援員がマンツーマンで指導しています。

あれから、6か月が経ちました。

担任と支援員の立ち位置にあきらかな変容があります。

子供たちが、学習を進めています。とても楽しそうです。

 

次の写真。

先生の指導法にも変容があります。

紋別市が今年度導入した「電子黒板」です。

画面をなぞって文字を書くこともできます。

切り取って移動することもできます。

子供たちの思考の跡を残しておくこともできます。

1年生の「生活科」では、自分たちの生活の様子を振り返るために、

いくつかの朝の行動が示された端末の画面を操作して、自分の朝の様子を全体で見合っています。

 

目まぐるしく変化する時代で、自分の力となる大元は、「習慣」です。

 

この写真をご覧ください。

先週、「PTAレク」を中学校体育館で開催しました。

「ボッチャ」をして交流しました。

2時間弱の活動を終え、閉会式を行う前にある行動をする子たちがいたのです。

 

活動した後には、誰かが掃除するものです。

モップ掛けをする姿がありました。

私は感心しました。

「使った後の場は、片付け、掃除をするものだ。」

ということを理解しているのです。

そして、その様子をみた保護者の方が、

「並んでモップを掛けなさい。」

とおっしゃいました。

 「言われなくても進んで掃除する」こと以上の指導をしていることに、

私は、渚滑地区の教育の強さを感じたのです。

 

 本校の職員の中でも、

「学ぶ態度だけでなく、学ぶ内容、考え方のレベルをアップすべきだ。」

という声が挙がっています。

 

 どんな人間も、常に学び、変容していく必要があります。

年齢や立場によって、その考え方や価値観は同じではありませんが、

そういう人が集まって仕事をしたり、学んだりすることに意味があり、

自分たちの足跡を分析しながら前に進んでいくことが大切だと感じています。

 

鹿が出没する裏庭も、

白く変容しました。

寒い冬がやってきました。

毎日の実践を(公開研究会)

朝、グラウンドは氷に覆われていました。

玄関前に張った氷の上でスケーティングをして楽しむ子供たち。

 

いつも通り明るく登校した子供たちを出迎えた8日は、

本校の公開研究会でした。

「公開研究会」とは、市内だけでなく他市からも先生たちが来校して授業を参観し、

その後、協議の中で本校の教育について、意見、感想、助言をもらうのです。

これまでの実践を振り返るとともに、新たな視点を見出す貴重な場です。

 

 授業は、低学年の複式授業を設定しました。

子供たちが身に付けた「学習力」を観ていただき、

その後の協議で、意見交流をします。

 

「参観されたみなさんにお願いがあります。

 自分が渚滑小の職員になったつもりで、忖度ないご意見をお願いいたします。

 職員一同、その覚悟を決めております。」

 

そのような挨拶をして始まった研究協議。 

多面的な視点での意見が出されています。

参観者の中には、自らの実践ノートを持参してくださったり、

「自分ならこういう手立てを用いる。」

といった、ご意見を頂戴しました。

 こうして数時間が終わりました。

貴重なご意見、ご助言をいただきありがとうございました。

 

参観した先生方、本校職員が、

「やってよかった!」

「来てよかった!」

「明日から使ってみよう!」

といった感想をもつことができる研究会になったことを願っています。

 

 その評価は、今回の研究会が子供たちに還元できてこそですし、

忙しいとされる教員の「働き方」「生き方」の一助となることで、

価値があるものだと思います。

 

 【教頭からのメッセージ】

言葉のつながり

 毎朝、玄関に立って子供たちを迎えていると、気付くことがあります。

仲間が2人に集まれば、「一気に話に花が咲く」ということ。

 

 本校は、渚滑地区外からの登校児童が多いため、毎日、おうちの方が送ってくださいます。

車から降りたときは、

「・・・。」

だった子が、

 玄関に仲間がいることに気付くと、

「〇〇ちゃん!おはよう!!!」

「ここにね、虫がいるよ!」

「どれどれ!!」

といった具合になります。

 また、玄関に子供たちが作った掲示物が、初お披露目されると、その前に集まって、

「これ、いいね!」

「かわいいね。」

と感想の言い合いが始まります。

 

その様子を見ていると、

自分以外の存在がいるおかげで、「言葉を発する」機会が増えることが分かります。

校長室にお菓子をもらいに来た子供たちですが、

このお願いをするために、前日、話す内容の練習をしていました。

相手の存在を考えて、伝え方の練習です。

これは、自分以外の相手がいるから言葉を使うのです。

今日、6年生主催の「全校遊び」がありました。

6年生3名が、遊びのルール説明や、進行を務めています。

伝言ゲームでは、最後まで伝えきったチームは、

「イエエエエエエイ!!!」

と大盛り上がり。

言葉がつながるってことは嬉しいものなのですね。

玄関にある生活目標の自己評価ボードには、仲間たちの言葉に価値付ける言葉が書き込まれていています。

反応してくれるのは嬉しいことです。

 

自分に気付く、他人に気付くための活動をつなげる教育を進めています。

【庭の紅葉が美しいです。朝晩の冷え込みによる交通事故、気を付けましょう】

 

全国連合小学校長研究協議会に参加して思うこと…。

 久しくブログをアップできませんでした。

…というのも、徳島県へ出向いていたからです。

公私混同しないように気を付けて、全国各地の校長の方々と交流して感じたことをお伝えします。

2、000キロを移動して着いた、阿波踊り空港。

気温が25度を超え、夏日でした。

それから、バスで徳島市内へ移動。

静かな街でした。

 

翌日、全体会・分科会へ。

2,200人が集う全体会場は圧巻です。

 

その後、行われた200名弱の分科会では、私を含め、東北、関東、関西など各地の校長と交流を持ちました。

雑談も含め、協議をしてあっという間の数時間でした。

 

各地で課題とされているものはやはり似ています。

学力に関すること。

いじめ・不登校。

防災。

などです。

地域によって取組の軽重はあるにせよ、「防災訓練」がそれぞれあり、

「津波対策」「地震対策」など、地域に応じた課題があり、感心しました。

 

渚滑地区の「熊訓練」について話すと、

「おおお!!!」

という感嘆の声があがりました。

 

私は、

「熊に対する避難の学習だけしても意味がないと思います。

 なぜ、そこに熊が現れるのか? を問うたとき、地域の課題となる背景にまで目を向けなければ、

 学習として意義をなさないと思うのです。

  つまり、皆さんの地域で「津波対策」をしているのなら、津波が起こる地形背景や、もし起こった時、地域はど

 のような行動を起こすのか? 未然防止策まで目を向けさせる必要があるのではないでしょうか?」

 

と、自論を提起しました。

その後、石川県能登半島沖地震に被災した校長が、お話する機会がありました。

次の言葉が残っています。

「災害が起きた時、予想もしない状況に陥ります。

 私たちは、想定しない出来事が起こることを想定して準備しておく必要があります。」

と。

 

 今回、貴重な交流ができたと実感するとともに、

「渚滑のよさ、北海道のよさや課題をどのように学ばせるか?」

私には狭い飛行機の座席に座りながら、物思いにふけたのでした。

ICT活用の基盤となる力

 修学旅行から帰ってきて、子供たちの学習の様子を観てみました。

5,6年生は国語の学習です。

それぞれの学年で課題を設定し、空き教室を使って進めていました。

5年生は、これから学習する単元の、「単元学習計画」を相談しながら決めていました。

説明文教材で、筆者が主旨(いちばん伝えたいこと)を主張するために、

どのような工夫によって文章を構成しているかを学びます。

担任はそこにはいません。

子供たちが自分の学びとして確立しているからできるスタイルです。

 

一方、6年生は…、

「古典」の学習です。

ここでは、「芸」について視点をあて、動画を利用して親しんでいました。

動画で動きを観ることができるのは、端末ならではです。

 

1年生教室をのぞいてみます。

「漢字の成り立ち」について、学習を進めていました。

 

ここでは、動画をつかってその漢字がどのようにできたのか、確認しています。

「うわぁ!! すごい!」

と、形が徐々に動いて漢字に変換していく様子をみて興奮していました。

「上」という漢字がなぜ、そのような形になったのか、予想を交流するのも面白いです。

 

中学年教室をのぞいてみます。

音楽の学習です。

「鑑賞」の授業で、曲の様子を曲線で表して、電子黒板を利用して共有していました。

「ここで盛り上がって、ここで暗い感じがしたので下がって…。」

という発表を聞いたある子が、

 

『…っていうことは、そこが曲の山場ってこと?』

とつぶやきました。

 

実は、こういう子供たちの言葉で「価値付け・意味付け・問い返し」がなされると、

学習は「自走」に近付きます。

つまり、受け身の学習から、自分たちで学習を構築し、学び続けるということです。

 

『…それって、ちがう場面でも同じことが言えるの?』

『じゃぁ、視点を変えたらどうなるの?』

『つまり、〇〇ってことね。』

 

などが、授業の中でどんどんつぶやかれるようになるといいですね。

 

ICTを活用する利点が多くありますが、そもそも、子供たちは学ぶ力として、

「はてな?」

「つまり…。」

「違う方法で試してみよう。」

といった、探求心をもって学ぶ基盤が大切です。

ICTの教材は、数年前と比較して驚くほど用意されてきました。

その教材を意図的に活用する力が、教師には試されてきています。

 

          【事務職員作成】

 

紋別のにおい 無事着!

お出迎えありがとうございました。

旅行団、全員無事到着です。

到着が早まりそうになって教頭がメール対応してくれました。

もう少し私が早くに連絡いれるとよかったと反省しています。

 

子供たち、どこでもいい顔してました。

そして担任団も近過ぎす離れすぎず、子供たちを見守っていました。

グループごとに引率者が付き、子供たちを支えていた姿を見て、私も安心して見ていました。

 

きっと子供たちは大満足の旅行だったと思います。

ホテルの食事も最高でした。

 

また、来週から渚滑の教育を積み重ねていきます。

保護者の皆様、支えてください。

 

在校生のお迎えカード、素敵です。

イオンにきたぁ!

イオン着。

グループごとに昼食です。

みんなフードコートにいます。

旭川を出発する時にアップします

おはようございます!

修学旅行2日目。

朝食もしっかりとりました。

「何度か目が覚めました。」

「しっかり寝ました。」

そんな子供たちと2日目を迎えました。

スーパームーン!

ごちそうでした。

何でも揃っていました。

満腹です。

子供たちも楽しんでいます。

仲が良い子たちです。

これからお風呂タイムです。

ホテル着!

今夜の宿泊ホテルに着きました。

みんな元気です!

陶芸体験 上手くできた!

茶碗、カップ、皿など用途に応じた作り方を体験。

「おばあちゃんにあげる。」

「お父さんには使わせない!」

と完成した作品をイメージしていました。

完成品は冬休み前に届く予定。

さて、これからホテルに向かいます。

動物園その2

集合時刻ぴったりに全員集合!

昼食は何を食べた、何を買ったの話題で盛り上がり、これから陶芸体験です。

 

 

動物園その1

 動物園に着きました。

天気の心配は無し。

集合時刻を確認して、グループ行動です。

まず、記念撮影です。

昼食もそれぞれ。

バスレク開始

トイレ休憩後、バスレク開始。

早口言葉、タイム当て、10回クイズ。

頭が覚めました。

車酔いの子もいません。

出発!

 いい天気。

みんないい顔で出発です!

所々でアップします。

マラソンで自分を築く

 昨日、マラソン記録会を開催しました。

コースの巡視をしてくださる見守り隊の方々もいらっしゃいました。

 秋晴れの天気の下、スタートです。

ゴールした後、へたり込んでしまう子もいましたが、

たくさんの声援が背中を押したのか、タイムを縮めた子が数多くいました。

 

最後の振り返りのあいさつの中で私は、

 

「今日まで、皆さんはそれぞれ「準備」をしてきたと思います。

 そんな中、放課後、家へ帰ってからもう一度学校へきて、

 コースを走っていた人もいたようです。

 

 こうして準備をした人を、校長先生は観察していました。

 その人は、ゴールをしたとき、とってもいい顔をしていました。

 立派でしたよ! 〇〇さん!」 

 

おうちの人と一緒に走って練習を積み重ねたようです。

一緒に走ってくれたお父さんのその存在は、力強かったことでしょう。

 

 他にも当日の朝、校長室にやってきて、

「校長先生、マラソンをこの世から無くしてください。」

 

と冗談交じりに話してくる子がいました。

 

「なくしてあげたいけどさ、今日は、これだけはやってみようと思える

 目標を作ろうか。

 例えば、あの電柱までは絶対に歩かないとか、歩いてしまう回数を何回にしようとか…。」

 

結果、その子はタイムを縮め、振り返りにこんなことを話したそう…。

(学級通信より)

「セカンドウィンド(体が楽になって、つらさを感じなく走る状態)にはいり、

最後にペースアップできた。

 そのあと、きれいな花火が心の中に打ちあがった。」

 

 素敵な表現だと思います。

やっぱり、実際に経験しなければ感じることができない表現です。

 つらい、苦しい、やりたくない という思いが先行するマラソンですが、

子供は、「自分の変容に気付くことができるか?」

大人(教員、保護者)は、「変容に気付かせることができるか?」

が大切です。

 その視点が、「タイム」であり、「取り組み方」だと思います。

放課後に走る。

休み時間に走る。

この取組を通じて、普段から体を動かしてみる。

 

そんな自分の築きができるといいですね。

児童代表が、応援に来てくださった方々にお礼の言葉を述べています。

「皆さんのおかげで走りやすかったです。」

という言葉が印象的でした。

 

お疲れさまでした。

【大声援の中、気持ちよくゴールする男】

 

食べることは生きること

 今日、全校児童が「稲刈り」をしました。

 稲穂が垂れたわらを持ち、サクッと刈りました。

 

まず、田んぼに着いてから成長の跡を観察します。

においをかいだり、食べてみた子もいます。

とても大切な視点です。

「あまぁ~い!」

生米をつまんでみた子が叫んでいます。

 

私は、刈り取るときの道具に着目していました。

刃の部分がギザギザになっています。

持ち手と刃の角度が私の知っている鎌と違います。

 

これは、「人間の知恵」です。

刈るときにこうしたほうがいいからです。

 売っている鎌とこの鎌の違いを比較してみるのもおもしろい学習です。

 

子供たちの動きを見ていると、

ごくごく自然に「役割分担」をしていることに気付きました。

 

刈った稲を集める子。

集めた稲を、結ぶ子。

結んだ稲を、棚に掛ける子。

一つの組織が、それぞれの役割を全うしているのです。

この時、教員は指示をしていません。

子供たちが周りを観て動くことができることに感心しました。

 

20分ほどで刈り終えた田んぼを、入念にチェックしている子もいます。

落ちている1本の稲も見落とさずに拾っているのです。

 

「ご飯粒を残さずに食べる。」

という躾があります。

お分かりのように、お米を作る作業をした子は、「一粒」も無駄にしないのです。

その価値を知っているから。

 

何かを大切にする指導をするなら、

それにかかわる作業をさせるのも大切です。

 最後に、お礼のあいさつです。

「ありがとうございました。」

の一言で終わることなく、

「私が今日、学んだことは…。」

というように、その学習の価値付けをする挨拶をしていました。

 

食べるために人は知恵を絞り、

手を加え、

それに応えるかのように、食物は色を変え、

大きさを変え、人に知らせている

 

そんなことを感じさせてくれる学習でした。

 

西部耕地の職員の手際の良さは相変わらずです。

今後、脱穀です。

学習に深まりをもたせる可能性のある活動でした。

本日もありがとうございました!

 

自分の体に気付く

 体育学習に「体つくり」があります。

その目的の1つに、

「自分 の体の状態に気付き, 体の調子を整えたり,仲間と豊かに交流したりすることができること」

とあります。その活動に「持久走」があります。

 

でも、やっぱりマラソンは嫌な子が多いです。

先日の全校朝会で、マラソンの「デッドポイント」と「セカンドウィンド」の説明をしました。

 

『君たちの走りを見ていると、とてもつらい走り方をしていますね。

 なぜなら、走ったり歩いたり、極端にスピードを早めたり遅くしたりを繰り返しているからです。』

 

子供たちはうなずいています。

 

『走り始めて、呼吸が苦しくなり、脚が痛くなったりして走ることが辛く苦しいと感じる時があります。

 これを「デッドポイント」といいます。』

 

多くの子は、この時に歩いてしまいます。

この状態がつらくて、マラソンが嫌い! と思ってしまうのです。

 

『ここで走るペースを保っていけば、体が上手く慣れてきて楽に走り続けることが出来るようになります。

 この状態がセカンドウィンドといいます。

 さて、今日の練習でセカンドウィンドを感じた人は、校長先生に教えてくださいね。』

 

そうして練習を開始しました。

 歩いたり走ったりを繰り返している子もいます。

 

でも、中には、

「校長先生!! セカンドなんちゃらを感じました!」

と教えてくれる子も。

「あそこの坂で、体が楽になって…。

 それまできつかったんだけど。」

 

ゴールして疲れ切っている子の中にも、

「私も感じました。」

 

と話す子もいます。

 

自分の体の変化、調整力に気付くことは生きていく中で大切な要素で、

寒くなってくると、服装を変えて体調を整えたり、逆に暑いときに涼しくしたり。

こうした自分に気付くことは、「生きていく力」に直結しているといっても

過言ではないのです。

 

【気持ちよさそうに走る教員~セカンドウィンドを知っている男】

 

 

 

道具を使いこなすこと

 「熊出没」に関する情報からスタートした今朝。

毎日、玄関で子供たちの登校を見守ってくださる地域の方が、

「いやぁ、久しぶりに熊見たよ。」

と興奮気味に知らせてくれました。

 

 さて、授業を観に学校を回っていました。

高学年は算数の授業をしています。

そこで、目をとめる様子がありました。

ノートに数直線を書くとき、子供たちは「定規」を使います。

その様子を見ていると、子供たちは定規の線の引き方が上手でした。

さっと定規をあてて、さっと線を引く。

こうしたスキルは、いつでも定規を使っていなければ使えるようになりません。

もたもたせず、「サッ」と引くのです。

「親指と人差し指を開いて定規をあてる」

低学年からつけさせたい能力の一つです。

 

使いこなすを言えば、

先生も「電子黒板」を使って授業を進めています。

子供たちと共有したり、見本を見せて説明したり、

やっぱり便利です。

 

低学年教室を観ると、

2年生が自分たちで学習を進めていました。

「自分の考えたことを説明してください。」

とリーダーが話していました。

 

 学芸会も終わり、修学旅行、収穫祭と続きます。

先生も子供たちも、普段の授業を大切にして過ごしています。

【学芸会の振り返りの言葉より】~みんなに助けてもらったらうまくいった。

 

 

応援は力になるか?

 先日の学芸会の様子については、今月の学校だよりをご覧ください。(クリックダウンロード可

たくさんの保護者の方々の価値付けのお言葉、ありがとうございます。

 

 さて、今回のブログは、「応援は力になるか?」

というものです。

 次の写真をご覧ください。

マラソン記録会に向けて動きだしました。

10月10日に記録会があり、今日は、第1回目の記録測定です。

今日の記録より1秒でも縮めることを考えると、

目標となる測定でもあります。

 

私は今日の様子を観察していました。

すると、あることに気付きました。

子供たちの応援の声です。

 

私は今まで多くの学校でマラソン記録会を経験してきましたが、

走り終えた子が、これほどまで声援を送る状況を見たことがありません。

 

「がんばれ!! もう少しだよぉ!!」

「がんばれ! がんばれ!」

 

この様子を見て、オリンピックアスリートの言葉を思い出しました。

「みなさんの応援が力になりました。」

という言葉。

 

人によっては、「ほんとに???」

と思っている人がいるかもしれません。

 

コロナ渦で、スポーツ会場で応援できない時期がありました。

声援をスピーカーで流したり、

顔写真を応援席に貼ったり、

アスリートのパフォーマンス向上に効果はあったのか…?

と個人的に分析してみたいものでした。

 

本番と同じコースを走る子供たちに、声を掛ける子供たち。

「もうすぐだよ!! がんばれ!!」

 

声を掛けられると、ものすごいダッシュを見せる子や、トボトボ歩いていた子が

急に走り出したり…。

テンポよく走っていた子が、ラストスパートをかけたり…。

 

関門に立っていた教員がゴール付近に戻ってきた様子をみた子達が、

「〇〇先生!! あと少し!! がんばれ!!」

という合唱を始め、

なぜか走り出し、ゴールした瞬間に

「イエェ~イ!!」

とみんなで歓声を挙げたり…。

 

結論…。

「応援は力になるし、仲間意識を高める

   ただし、マラソンは同じペースで走るべし」

学芸会を前に…。

 

この写真は、学芸会を明日にひかえ、

最後の低学年体育館練習の様子です。

 

一年生の大事な役割の一つに、「はじめのことば」があります。

立ち位置、ことばの言い方、動きを確認しながら

自分たちの役割を果たすとともに、

これまで学習してきた成果を表現する場でもあります。

 

私が思う学芸会という行事は、子供たちだけでなく、

「指導者(担任)の指導観を鍛える」行事でもあると考えています。

 

数日前、「総練習」を行いました。

総練習が終わったあと、職員が振り返りの反省会議をしました。

各学年の種目に対して、忌憚のない意見交流が続きました。

「立ち位置を変えたほうがいい。」

「BGMに工夫を。」

「あそこの「間」が気になるから、こうしたほうがいい。」

 

協議を経て、その後の3日間の仕上げの指導に入りました。

 

今日の中学年の練習で、

子供たちの振り返りを生かして、その視点で再練習を重ねています。

でも、子供たちだけでは気付かない面もあります。

その時、担任は、

「ここはどうだった?」

と問います。

 

私は学芸会で、先生の動きを見ます。

4月からここまでの学級指導と教科指導の両方を見取ります。

演じたり歌ったりするとき、その指導者の「こだわり」はどこにあるかです。

ふとした台詞や簡単な動きに、

子供がこだわっているか?

指導者がそのように仕掛けているか?

が現れるのです。

指示や問い掛けに筋が通っているか?

子供たちが戸惑うような言葉になっていないか?

などです。

 

「声を大きく!」と言っても、

それは具体的な指示とは言えず、変容がない場合が多いのです。

それよりも、

「言葉の一番最初の一文字を大切に、高い声で言ってみよう。」

と指示して話させると、子供自身がびっくりするくらい変容します。

 

こうした指導をこれまでにしてきたか?

音読を大切にしてきたか?

つまり、普段の学習を大切に、要点をおさえて指導してきたか?

が分かるのです。

 

 

低学年の練習が終わり、

担任が、話を始めているのに注目していない子が数人いたとき、

何度もやり直しさせて聞く姿勢をとらせました。

毅然と指示を出しています。

大事な指導です。

 

個別に「価値付け」ている様子もありました。

「〇〇がよかったよ。」

と声を掛けているのです。

 

学芸会当日は、ステージの表しか観覧できませんが、

これまでの過程、裏方の動きが分かると、

もっと価値のある行事になります。

 

明日の学芸会・学校祭にはお気を付けていらしてください。

お待ちしております。

親のかかわり

 朝の登校時間に、興味深いシーンを見ました。

私が玄関に行くと、

「校長先生、おはようございます! 

 これ! トノサマバッタです!」

と見せにきた子がいました。

『ほぉ! 立派なトノサマバッタだ。』

 

 その子は、

「逃がしてあげるんだ。」

と、玄関前の草原に駆け出しました。

そして、虫かごのふたを開け、

「出てけぇ!」とバッタが出ていくのを待っています。

でも、小さなふたから出ていく様子はありません。

 

そこで、

「そうだ! 草をあげたら食いついて出ていくかも?」

と考え、草をふたの近くで揺らしています。

 

バッタが出ていく素振りはありません。

 

次に、

「そうだ! ふたを全部とってしまおう!」

と考え、むしかごのふたをとろうとしました。

でも、かごからふたはなかなか外れません。

 

そこで、

近くにいたその子の母親に近付いて、

「これ…。」

と言いました。

でも、その母は、すぐにこう言いました。

「自分でやってごらん。」

と、にっこり笑っています。

 

その子は、母親は助けてくれないと判断し、

自分で挑戦しました。

少し時間が掛かりました。

でも、

 

「開いた!!!」

自分でふたを外すことに成功しました。

(やったぞ! ぼくは自分でやったぞ!)

という心の声が表情に表れています。

 

ふたが外れた虫かごを、そっと地面に置きました。

 

それでも、バッタは逃げません。

 

さて、どうするか…?

その子は、かごを手に取り、勢いよく走り出しました。

「にげろぉおおお!」

 

すると、中のバッタはびっくりして飛んでいきました。

『やった、逃げたぞ!飛(跳)んでるぞ!』

と興奮して私が叫びましたが、

その子は、バッタを見失っているようで、

全く逆の方向に手を振って、

「ばいばぁ~い!」

と青空に向かってにっこりしていました。

 

 多分、立派なトノサマバッタを誰かに見せたかったのでしょう。

立派なだけに、怖くて触ることができないけど、

何とか逃がしたかったのでしょう。

 その時、大人が代わりにバッタを逃がすこともできましたが、

私は、この子の興味や力を見守ることの方が大事だと感じました。

怖がっている子の代わりに、かごを預かり、

代わりにバッタを逃がした方が早いですが、

でも、この子の知恵や喜びを奪ってしまうことにもなります。

 

ふたを外してあげることもできましたが、

母親が、

(できるよ。がんばってやってごらん。)

と見守る姿に、同じ気持ちであることに嬉しく思いました。

子への期待、不安、親のかかわり方が、私の思いと一致していたのです。

 

 時々思い出すことがあります。

私が過去に勤務していた学校では、

子供が親を使い走りにして、

「やってもらって当たり前だ」と勘違いしているのか?

と思わせる場面を何度も目にしたことがあります。

 

例えば、

参観日に保護者が来ているときに、

帰りの会が終わり、一緒に帰ろうと子供が親の前に近寄りました。

すると、自分のカバンをポンと親に投げ、

「持ってって。」

と言うのです。

結構な頻度で目にしました。

こういう、親の存在を(蔑)さげすんだ子供を

そのままにしていいことはありません。

「なぁ、〇〇さん。親にそんな態度はだめだ。

 自分で持って帰りなさい。」

と、大勢の前で告げたこともあります。

 

玄関を親が開けるまで、自分で出ていこうとしない子…。

雨が降ったら傘を親が届けることが当たり前だと思い、

傘を持ってきた親に向かって、

「遅い!!!」と文句を言う子…。

 

親子のかかわり方に正解はないと言われるけれど、

やっぱり、「子が親より偉いんだと思わせる行動」に対して、

そして自立に向けた本質の、

「自分のことは自分でやる」

「困ったら、自分で助けを求める」

という諭しは、親の大事な役目だと私は思います。

 

…そうは言うけど…、親の悩みは尽きぬものです。

 

朝の玄関

 子供たちを迎える準備として、

公務補が玄関先を掃いています。

枯れ葉を掃いているようですが、

実は、これです。

お分かりですか?

「クスサン」という蛾の羽です。

今年は異常発生しているようです。

電気に集まったクスサンを食べたカラスによって、

無残に散らかった、羽があちこちに…。

 

玄関がきれいになったころ、

地域の「見守り隊」の方が、やってきます。

 

最近、学校一番乗りの子は、

「校長先生 おはようございます!」

と、自分から先に挨拶します。

周りの大人たちを見付けて、

挨拶をしています。

『自分から先に挨拶できるんだね。

 立派だな。』

というと、にやにやしています。

 

その頃、スクールバスが到着し、

一気に明るい玄関になります。

「おはようございます!」

自分から私たちに声を掛ける子は、全校児童のうち三分の一ほどでしょうか。

 

7時45分 玄関開錠まで、雑談をします。

この時間がとってもいいです。

「校長先生! 今日も黒ですね。」(服の色)

「昨日、〇〇に行ってきました。」

(絆創膏を貼っている子を見掛けて…)

『ん? そこどうしたの?』

「昨日、転んじゃって…。(どこで?)遊んでた時に…。」

「マラソン記録会の練習してます。

家の周り、5周してます。」

『へぇ!やるね!』

 

なんていう世間話から、話に花が咲きます。

こうして、一日がスタートします。

眠たい目をこすりながら来る子もいます。

 

朝の玄関は、情報の玉手箱なのです。

 

【机の中を整理整頓する】

この指導、とっても大事です。

学校の強みとは

 【木村のつぶやき…】

 

 先週、今週と多くの来客がありました。

業者の方との調整だけでなく、授業を参観してもらった後に、

渚滑小の教育活動を説明する機会も多かった一週間でした。

 

 私も最後に挨拶する機会があったのですが、

ふと考えたときに、「渚滑小の強み」とは何かを改めて考えてみたのです。

 

これだと思いました。

 放課後、子供たちの情報、今後の指導について話し合っている職員。

休み時間に一緒に遊ぶ職員。

子供がこぼした水を拭く姿。

 

私は、なんでもかんでも子に手を差し伸べる教育が良いとは思っていません。

乱暴に聞こえてしまうかもしれませんが、

子供のできること、乗り越えさせなければならない力を

奪ってしまうことがないように接したい!

と思っています。

 

だからと言って、何もしないことがいいとも思いません。

気付かせるという名の放任になってしまわないか…?

 

そうならないために、子の情報をいかに得るか?

だと思います。

 

保護者の方から、相談される機会が増えています。

それはとてもいいことだと思っています。

 

つまり、

「情報を職員で共有する」

「一人で悩まない」

「聞く耳とアンテナを立てておく」

ためにとっている行動が、

自然と渚滑小の強みとなって、子の教育につながっていると思います。

 

…という挨拶をする機会が多かった一週間でした。

 

学びの必要感を

 中休み、昼休み時間になると決まって校長室にくる子が数人います。

1年生です。

ただ、こんな感じです。

 

校長室のドアを「バ~ン」と開けて、

「校長先生! 虫取りに行こう!」

という感じです。

私は、この子たちのいい遊び相手かもしれません。

でも、そろそろ「礼儀」たるものを

教えてもいいかな?と思っていました。

当然、一年生担任も、コツコツと指導しているのですが、

定着するには、何度も指導する必要があります。

 

今日、同じように校長室に入ってきた子に、次のように話しました。

 

「今日も来たな!

 でもさ、〇〇みたいに入ってこられたら、校長先生びっくりするよ。

 だからさ、今度校長先生を誘うとき、

 ドアを3回ノックしてくれないかな?

 やってみるかい?

 『コン、コン、コン。』

 そう!

 その次に、『失礼します。』って言えば、かっこいい!」

  

 昼休みになりました。

私が校長室で仕事をしていると、

『コン、コン、コン。』

(おっ!? きたな?)

「どうぞ!」

 シーン…。

 

こちらから、

「しつれいしますって言って入ってきていいよ。」

と言うと、

「校長先生! 虫捕りに行きましょう!」

とドアを開けて入ってきました。

 

「覚えていたね。ノック3回」

『へへへ…。』

「よし、行くか!」

「ノック2回は、トイレに入るときだからね。」

『へぇ…。』

 

その後、外へ出て、オニヤンマを捕ったのです。

 

 私はこの話の中で、「学びの必要感」についてお話ししたい。

 

校長室、職員室に入るときに、「ノックをして、失礼します」と言ってから入る。

という指導をするときに、どんなタイミングでどの場面が効果的か?を考えます。

 

礼儀や躾ですから、理屈なしに指導すべきです。

でも、子供目線になって、どうすれば腑に落ちやすいかを考えることも、

「教育」の意義です。

 

今日の一年生にとって、

「一緒に虫取りに付き合ってくれる校長先生を呼びに行く」

という行動をとりたいときに、来室の礼儀を教えることが効果的だと考えます。

それができていないときに、

「あれ? それじゃぁ、いっしょに行けないな。」

と考えさせることも必要です。

 

今まで何度も校長室に呼びに来ていた1年生ですが、

校長先生と虫取りに行きたいという欲求を高めるために、

来室の礼儀について指導するのは待とうと思っていました。

(※自分の欲求を聞いてくれず、違うことで指導されると子は混乱するんです。

  だから、「もういい!」ってことになる…。)

 

このように、子供にとって学びの必要感を感じて学ぼうとしたとき、

インパクトは強いものになり、自分の力として身に付きやすいのです。

 

国語や算数が嫌い 社会が苦手…などという子にとって、

その学習にどうしたら必要感を感じさせられるのでしょうか?

 

それは、「思考のズレをうむ」ことです。

簡単に言えば、

「はて?」「おや?」「思ってたことと違うぞ…。」「試しにやってみたい!」

と思わせること。そうした導入が授業の肝となります。

 

先月の「学校だより」に「学びのスイッチ」について触れました。

学びのスイッチは、人によって異なります。

でも、そのスイッチを探る努力を、教師は続けなければならないのです。

 

…という固い話でした…。

 

【高学年の動きを見た】

昨日、「避難訓練」がありました。

避難するとき、上靴のまま外へ出ます。

そのため、校舎に入るときに上靴の底を雑巾で拭き取らなければなりません。

全校児童が雑巾を使い終えた後の写真がこちら…。

 

雑巾をしまい、玄関を普段通りに戻している5年生の女の子。

全校で使った物の後始末まで、言われなくても考えて行動できること。

「天晴!!!(あっぱれ)」

をあげたい行動でした。

作物を育てることでつながる学び

 昨日、地域の「西部耕地出張所」に中学年の子供たちが出向きました。

6月にもお邪魔したあそこです。

田んぼの稲の観察です。

6月に植えたときは…、

これくらいでしたが、

今回うかがうと…、

こんなに成長していました。

稲穂も垂れてきています。

その成長に驚いている反面、

興味はそこにいる昆虫にも広がっています。

「蜘蛛いる!」

「なんだ? この虫は!??」

といった様子。

 

そんな子供たちに対応してくださるのが、西部耕地の職員なのです。

『お米が成長するのに役立つ昆虫がいるんだ。なんだと思う?』

『トンボや蜘蛛なんだよ。どうしてだと思う?』

と、お米とつなげて昆虫の役割について思考させてくれるのです。

その場に餌となる昆虫がいるから、昆虫が集まるのですね。

理にかなっています。

分げつした稲を抜いてみることにしました。

力いっぱい込めても、抜くことができません。

「こんなに根がしっかりとついているのかぁ。」

簡単に抜けては、雨風をしのぐことはできません。そういう気付きを促したいものです。

抜いた稲には、どれくらいの粒がついているのでしょう。

私は、一粒かじってみました。

お米の甘い味がします。

みんなで写真をとって帰校です。

 

今回もさすがの対応をしてくださった西部耕地のみなさん。

今後、低学年、高学年も観察にうかがいます。

よろしくお願いします。

 

 話は変わりますが、この日の放課後、

引率した担任が校長室へやってきて、こう言うのです。

「あの時、校長先生ならどういう発問や声掛けをしますか?」

 

じつにいいです。

こういう貪欲さがいいです。

 

『もう、この水、いらないんじゃない?』

など、稲作に欠かせない水に視点をあてたり、

『一つの房には同じ米粒(数)がなるのかな?』『一粒ぐらい違うかもね。』

なんていう、問い掛けが面白いかなと思います。

虫に焦点をあててもいいし…。

当たり前、何となく観ている子供たちを「焦点化する問い」「視点を変える問い」が面白いと思います。

観察の目的が何かによりますが。

 

学習の深化の条件の一つに、こうした「発問」「問い返し」があります。

ブログを観ている教員のみなさんなら、3,4年生にどういう問いが子供の思考を深化させると思いますか?

そういう研修も面白いです。

 

【準備する図書司書】

 本日、休み時間に図書司書による読み聞かせがありました。

二枚の写真を比較して観ていただきたい。

A

B

AとBの写真、どちらが先でしょう?

同じ図書室で同じように読み聞かせをしています。

 

お分かりのように、Bが先です。

でも、子供たちがいません。

子供たちに読み聞かせる前に、一人で「読む準備」をしていました。

私と目があって、照れくさそうにしていましたが、

私はこうした「プロ意識」が大好きです。

 

【丁寧さの指導】

低学年の靴箱の写真です。

下段の長靴に注目です。

子供たちは、靴は「しまえばいい」と思いがちですが、

そうではなく、

長靴の袋の先まで気を配ってしまっていることにお気付きですか?

 

玄関にはたくさんの情報がつまっている「玉手箱」だと私は思っています。

担任、学校の大切にしたい指導内容や、

子供たちの家での様子まで察することができます。

 

面と向かった言葉でのコミュニケーション同様、

職員には、こういう場での情報取得をするスキルを向上させてほしいものです。

熱い、厚い、暑い一日

 紋別地域も暑い一日となりました。

渚滑小学校では、いろいろなイベントがあり子供たちの気付きの学びとなりました。

 

【赤い稲妻軍団来校!】

日本大学陸上部長距離の十数名の部員がやってきました。

道東で合宿をしている中、子供たちと一緒に汗を流すために来てくださったのです。

一緒にジョギングをした後、

脚の運び方をレクチャーしてくれます。

小規模ならでは、マンツーマン指導です。

 

箱根駅伝で走った部員や、

北海道出身の部員、

卒業後は教員になりたい部員もいます。

特別コーチに訊いたところ、

「こうして子供たちに指導する機会はないので、

 大変貴重です。」

とのこと。

 

明日、東京へ帰るそうです。

こうしたつながりができると、日本大学陸上部を応援したくなります。

ぜひ、箱根駅伝で勇姿を見たいものです。

 

【チョイスクリーンデイ】

この名の通り、掃除する場を自分で選択して掃除する日のことです。

毎週金曜日、自分が掃除すべきだと思う場を選び、掃除をしています。

この子たちは、靴箱の中の土を掃除しています。

この子は、一階廊下をチョイスしています。

「どうして、この廊下を選んだの?」

と質問すると、

『この廊下の端のごみが気になったので…。』

とのこと。

 

高学年ですから、人通りが多い場をきれいにするために「チョイス」する意図があってもいいでしょう。

なぜそこをチョイスするか?です。

「なんとなく…。」

ではなく、目的をもたせて掃除をすることはとても大切なことです。

 

この子は…、

校長室をチョイス。

来客のテーブルを水拭きしたり、

ドアノブを拭いたり…、

ラックを拭いた後、物の置き方にまで気を配っています。

「どうして、校長室をチョイスしたの?」

『いやぁ、校長室って徹底的にきれいにする方がいいと思って。

 お客さんもくるし、

 なんたって、校長先生の部屋だから…。』

 

「そうかぁ、ありがとね。そう思ってくれると嬉しいよ。

 また、頼むね。」

 

『はい!!』

 大げさな活動じゃなく、普段している活動の目的や視点を見直すだけでも、

本質を鍛えることができるものです。

 「やらなければならない掃除」「勤労の掃除」だけでなく、「思考して取り組む掃除」に変換する

取組。面白いと思います。

 

【生活目標の取組】

本校の玄関を通ると、目の前にこのホワイトボードが置いてあります。

これは、生活目標を意識付け、その目標に対して自分がどう自己評価しているか、

他者からどう評価されているかを可視化するボードです。

 

今月の生活目標は、「健康によい生活をしよう。」です。

健康によいとは?

そのイメージを例として養護教諭が、こんな書き込みをしました。

「ランニングしてます。」

 

この書き込みに、職員も子供たちもどんどん書き込みます。

この書き込みが、連絡掲示板のようになっていますが、

これはこれで価値があると思っています。

ある人の書き込みに、

「すごいですね。」

というような、返事の書き込みがあるので、チャット感覚でどんどん書き込みが増えていくのです。

 

今日、このような書き込みを見ました。

思わず、「たしかに。」とつぶやきました。

 

【いやぁ、嬉しいなぁ…。】

先日、夏休み自由研究発表会をしたことをお伝えしましたが、その続編です。

高学年の作品に、「アニメーション」を作成した子がいました。

発表会の時に見落としてしまった私は、

「作品、観てみたいなぁ。」

とその子につぶやきました。

 

すると、

『いいですよ。』

と言って、クロームブックを用意してみせてくれたのです。

すると周りに多くの子供たちが集まり始めました。

「いやぁ、すごいなぁ。」

「どうやって書いて動かすの?」

など、そこで交流が始まりました。

『この作品で〇〇コマ必要なら、映画とかのアニメーションって、

 何枚必要なんだろう…。』

という、気付いたことが発展して、新たな疑問が生まれていました。

 

ひとしきりその会話をみんなでした後、

製作者の子がぽつり。

 

「いやぁ、こんなに反応してくれると嬉しいなぁ。」

子供たちの反応をつなぐと、「肯定感」にもつながります。

 

【収穫の反応はいかに!】

今日、畑に植えた作物を全校児童が収穫しました。

 実は、私たち職員は、この収穫に向けて指導内容を考えていました。

 先の学校ブログで私から職員に、

「収穫祭をこのまましていいものか?」

と投げ掛けた記事があったかと思います。

 あの後、職員は収穫量を想定し、

「何に気付かせ、今後の活動にどうつなげるか?」

と、話を進めていました。

 

 今日の収穫をしてみたとき、

子供たちの反応は、二つでした。

「うわぁ!!! たくさんとれた!」

と、

「えっ!? これで収穫祭できるの?」

です。

これから、私たちは子供たちにどんな価値付けができるのか、

見せ所かもしれません。

 

 以上、本日の渚滑小学校の様子でした。

大変長くなりました。

 熱い、厚い、暑い一日だったことが伝われば幸いです。

子供たちもすごいけど、職員たちも大したもんです。

 

新しい匂い・子の学び

 今日、保護者の方々を招いて、「自由研究発表会」を開催しました。

休み時間に、「縄跳び検定」の様子も参観いただきました。

 実は、体育館床の改修工事が終了し、無事検査と検定を通過したことで、

使用許可が出た真新しい体育館での検定となりました。

 子供たちも早く体を動かしたくて仕方なかったようで、

うれしい笑顔でいっぱいの運動となり、その様子を披露することができたのです。

 この体育館でたくさん体を動かしてほしいものです。

改修にあたり、業者の方、委員会には大変お世話になりました。

大切に使わせていただきます。ありがとうございました。

 

 その後、会場を2つに分け、発表会を開始しました。

前方の電子黒板を利用して説明したり、

クロームブックでプレゼンをしたり、

伝える相手を意識した説明をしています。

 

 感想を述べたり、質問をしたりしながら他と関わっていきます。

 

 私は講評として、2つのことを話しました。

「話すこと・聞くこと」に関する内容です。

 

 『今日、皆さんが伝えたい相手は誰ですか❓ そう、この教室にいるおうちの人や、仲間たちですよね。

伝えたい相手がいるのだから、準備した原稿だけを見るのではなく、

目線を配ってほしいなと思っていました。

すると、目線を意識している人が数人いました。

 アドバイスがあります。

今回、たくさん質問したり感想を発言した人がいましたが、

これからは、質問の答えに簡単に納得しないで、さらに質問を重ねてみてください。

すると、次々に情報がつながって、より相手の伝えたいことが見えてくるでしょう。』

 

こうした活動には、必ず振り返りが必要であり、振り返る視点を与えることで、

今後の活動に生かすことができるものです。

 

職員でも発表会について振り返りをして、今後の教育活動に生かしていこうと思います。

今回の作品発表会、欠席者なく全員が発表できたことも大きな価値だったと思います。

 今日、参観された保護者の皆さんはどんな感想をおもちでしょう?

今度、担任に話してみてください。 

準備を大切に

 2学期がスタートしました。

皆様お久しぶりでした。

 

 二学期始業式では、子供たちを前に、次の話をしました。

 

「さて、夏休み中には大きなスポーツイベントがありましたね。」

『オリンピック!!』

 

 「校長先生は、もう一つ、「高校野球の甲子園大会」を楽しんでみていたよ。

見た人はいる?」

 

 ※4分の1の子。やはり、野球を見ている子は少ないか…。

 

「先生はね。勝った負けたというより、試合が終わった後の様子を見ていました。

どうして、試合が終わった後に、「泣く人」が多いんだろう…?」

「悔しいから?」

『勝っても泣いている人がいるよ?』

「うれしいから?」

 

『どうして、泣くくらい悔しいのかな…、うれしくて泣くってどうしてなのかな…?』

 

そう投げ掛けると、う~ん…。となりました。

 

『校長先生が思うに、「その試合に向けて、どれだけ練習したのかが表れているんだと思うんです。』

「そうだ。遊んでばかりいて負けても、悔しくないと思うし…。」

 

『柔道の選手で、負けた後、大声で泣いていた人がいました。

 テレビではいろんなこと言われてたけど、校長先生は、この選手は相当な練習をして臨んでいたのに

 負けてしまった瞬間に泣いたんだと思うんです。

 先生は、テレビに向かって拍手をしました。』

 

『二学期も学校ではいろんな行事があります。その行事の当日だけよければいいと思わずに、

 準備をしてほしいです。

 きっとやり遂げた嬉しさが変わってきますよ。』

 

 そんな話をしました。

 

 夏休み中、渚滑地区の盆踊りもありました。

実行委員会から、PTA露店出店を依頼され、PTAの保護者の方々や子供たちがお手伝いをしてくださいました。

皆さんとってもいい顔をしていました。

接客するときに、とても温かい表情だったことが印象的でした。

 

ここでも、当日までの準備は、当日を想定しながら打ち合わせをして、物を用意して当日に臨みました。

この準備があるからこそ、安心して当日の接客ができたのだと思います。

 子供たちの変容を促すために、私たちも準備を怠ることなく、進んでまいります。

 

 

誇りに思う

 一学期が終わりました。

7月の学校だよりに、私は

「本校職員を誇りに思う。」

と書きました。

その意味をお伝えします。

 

毎日、子供たちのために思考し、試行しながら仕事にあたる職員です。

一学期最後の職員会議で、私は職員をねぎらうとともに、

「懸念していることがある。」

と伝えました。

 

「収穫祭」です。

学校の畑が、残念ながら雑草畑です。

 

「私は悩んでいます。

 このような畑の状況で、収穫祭をすることが子供のためなのかと…。」

 

 明るい雰囲気で終わることができず、申し訳ない反面、

何が問題で、どんな手立てをとるべきなのか全員で考えて欲しかったのです。

 

会議が終わり、

校長室に戻りました。

 

すると、

窓の外から、

「わははははは!!!」

「ぎゃははは!!!!」

という大笑い声が聞こえます。

何事かと窓の外に目をやると…、

 

職員総出で草むしりを始めているのです。

そこには、世界一楽しそうに雑草むしりをしている集団がありました。

 

確かに、先生が世話をすることで問題が解決するわけではなく、

子供たちを巻き込むべきなのは、彼ら(職員)も重々承知のこと。

でも、何か行動しようと考え、

今できる行動に移せるところに、

我が渚滑小職員の「強さ」と「優しさ」

があるのです。

それが、間違いなく学校での教育ににじみ出ています。

 

全員が畑作業をしているその姿を見て、

『この学校の校長でよかった。』

と心から思いました。

 

アイスを差し入れしたとき、

『おれは差入れと口だけ出すから。』

と話すと、

「足りないっすよ。」

と突っ込む職員。

そんな、雰囲気が心地よい。

 

誇りに思う=愛おしく思う=信頼している

 

そんな校長の思いを、一学期最後のブログにしてしまいました。

子供たちの様子も紹介すべきでしょうが、どうかお許しください。

 

それでは、皆様、しばしお別れです。

毎日、校長のつぶやきが中心のこのブログに、

数多くの方が覗いてくださることに、

感謝をお伝えします。

 

暑い夏、ご自愛ください。

毎日の積み重ね

 今日も予報通り暑かった…。

午後の外での活動に制限をかけました。

教室内は、暑さ指数が「26」程度ですが、配慮が必要です。

 

 さて、今日のブログでは、「渚滑小の取組」を視察にきたお客様のお話です。

内容が少し専門的になってしまい、保護者の方には「?」がつく内容かもしれませんが、

学校の教員って、何を考えて授業をしているのかうっすらと分かるかも(?)しれません。

どうぞななめ読みしていただけると幸いです。

網走市のある学校の教員が、渚滑小学校の様子を視察にきました。

「複式学級での授業の進め方について学びたい。」

とのことで、高学年学級の授業を参観しました。

高学年担任は普段通りの授業を進め、

子供たちも普段通りに授業を進めます。

(授業を受けるという立場で参加しません。)

 

担任はファシリテートに徹し、授業のキーワード、核になる内容を

子供たちに気付かせる学習形式です。

 

6年生は、円の半分の面積から、内接する三角形の面積を除いた面積を求める学習です。

5年生の学習は、

倍数、公倍数の学習です。

 

リーダーを中心に授業が進み、

担任は、問い返したり価値付けて授業が終了しました。

 

その後、

協議をしました。

私はその様子を少し離れて観察していました。

視察に来た先生たちが、どのような視点でどのような質問をして、

担任がどのように答えるのか楽しみだったからです。

 

事前に送ってくれた質問のほかに、授業を参観したからこそ生まれるするどい質問に、

授業者も答えます。

「リアル」なやりとりが続きました。

とっさに出される質問にどのように答えるのか、その質によって、

今後に生かされるかが決まります。

 

複式学級であろうとなかろうと、

子供たちは、「学び方」「課題の解決の方法」を学習していく必要があります。

 

「円の面積なんて、これから使うことないのに、どうして勉強するの?」

という批判をよく聞くことがあります。

その批判に、教員は何と答えるでしょうか?

 

その答えに、今後子供たちが身に付けるべき力があると思います。

 

今日、来校した先生たちのギラギラとした参観の眼、

子供たちの未来について熱く語り、

学校を背負っている若者教員たちを目の当たりにして、

嬉しく思いながら見送りました。

 

毎日の積み重ねが大切。

渚滑っ子の未来を豊かにする教育はまだまだ続いていきます。

 

猛暑到来

今日は暑かったです。

校舎の一階と二階では2~3度の気温差があります。

スポットクーラーと扇風機による「冷気循環作戦」をしています。

30度を超えず、教育活動を進めることができていますが、

クーラーが必要な北海道になっていることを改めて感じます。

 

外国語活動の時間に校舎内に隠れたアルファベットを探す子供たちは、

普段と変わりなく元気でした。

 

夏休みまで、3日間となり、

夏休みに向けた計画、目標を決め始めています。

中には、

「起きる時刻は11時!」

と設定している子に、

『普段とそんなに変えないほうがいいんじゃない?』

と指導を受けている子もいました。

 

明日はもっと暑くなる予報です。

朝早くから、教頭先生が学校を巡回し、スポットクーラーの稼働をしてくれていたり、

保健室に設置された「クーラー」を稼働して、臨時避難教室にしたり、

職員の工夫で教育活動を進めています。

 

明日は、飲み物、各自でできる暑さ対策をして

登校させてください。

どんなときも思考・判断・表現力

私は

「人はどんな時に考えるか?」

と思うことがあります。

何となく考えている状態ではなく、何か目的を達成するために考えている状態に

人はいつなるか?

ということです。

 

そういう視点で子供たちの活動を観察していると、

「おっ! 今、考えてるな。」

とか、先生たちの立ち振る舞いを見て、

「いい投げ掛け(しかけ)だ。」

と感じることがあります。

先日、休み時間に体力づくり運動をしていました。

廊下に障害物を置いて「けんぱ」をするチームがありました。

このチームは、その障害をどのように設置するかを考えていました。

この時点で、体育の「思考・判断・表現力」である、

「場の設定」を「自分たちで考える」活動をしていました。

教師が場を作るのではなく、子供たちが目的に応じて

場を設定するということです。

 

次に、なぎさ学級で頭をくっつけて何やら相談しています。

算数の「垂直・平行」について、概念を学習した後、

身の回りにある垂直・平行について調べていました。

その中の一人に私は腕を差し出して、

「この腕に平行な腕にして。」

というと、すかさず自分の腕を平行な位置に置いていました。

「じゃぁ、垂直にして。」

というと、くっつけてきました。

「離れてても、垂直って言えるのかねぇ…。」

というしかけをすれば、子供たちは、がぜん思考するはずです。

 

子供たちはいつも「何となく」考えています。

でも、学校はそうではなく考えさせる場を「意図的に」作り出す必要があります。

 

私はいつも子供たちに虫取りに誘われます。

「校長先生! 虫取りにでもいきませんか?」

『いいねぇ!!』

 

その時に、いつも思うことがあります。

「虫網が玄関にあれば楽なのに…。」

 

いつも理科室のテレビの裏に取りに行かなくてはなりません。

もし、この発想が子供たちから出てくれば、普段私たちがこだわっている、

「気付く子」の成果の一つとして、見取ることができるのだと思います。

ただし、黙っていて「気付く子」になることはなく、私達は

「気付かせる師」になる視点をもたなければなりません。

 

人はいかに楽(効率的)に食料を手に入れるか?

という発想で道具を作り、環境を学び

考えて進化してきた生き物です。

 

そう考えると、

学校は、教科や生活指導を通して、

「自分の生き方に生かす学習を積み重ねる場所」

としての役割があるのだと感じています。

心の勉強は続く

 先日、数年ぶりに1年生の道徳の授業をしました。

 「きんのおの」という題材です。

内容項目は、「正直・誠実」で、正直といえば、

「嘘をつかないで、本当のことを言う」

というレールを敷きがちです。

 

 でも私は、「誠実であるために」時と場合によって、

「嘘をつかなければならないこともある。」と押さえています。

そんな思いをもって、一年生と対峙したのでありました。

 

「ねぇ、正直な人ってどんな人のこと?」

:うそをつかない人

:本当のことを言う人

 

「へぇ、そんな人になりたいと思う人は手を挙げて。」

:全員が挙手

 

「へぇ! そうなんだ。じゃぁ、足が遅い人に、『足遅いね。』って言いたいんだね。

 体が太い人に、『〇〇だね。』って言える人になりたいのかぁ…。」

 

と、揺さぶりの問い掛けをすると、一斉に、

「それは違う!!! 」

「だって!!!」

という反応が返ってきました。

ねらい通りです。

 

「じゃぁ、今日はどんな心のお勉強をしようかね…。」

:正直な人になるためにがんばること

 

という感じで、導入が終わり、物語教材を読みました。

読み聞かせているときの子供たちは集中しています。

 

 このように、子供たちの考えるスイッチを見付け、

どのようにスイッチを入れるかが大切です。

 

 子供たちは、

「自分のことしか考えない正直はダメ。」

「みんなが笑顔になる正直をいう。」

とまとめました。

 

「校長先生と勉強して楽しかったかい?」

とたずねると、

:あっという間だった!

:5分しかたってないかと思った!

 

などと、お世辞だとしてもうれしい反応でした。

これだけではこの授業は終わりませんでした。

 

 帰りに校長室にあいさつに来た子が、校長室に入ってきて、

「校長先生! わたし、優しいウソならいっぱい言っていいと思うんだけど…。」

と、授業の続きを話し始めるのです。

 

わたしも面白くなって、

「優しいかどうか、だれが決めるの?」

と問い返しました。

「だから、まわりのみんなが笑顔になってるかどうかだと…。」

 

「ほぉ…、自分だけじゃ分からないってことか。」

学習が終わっても、話をしてくる子供たちのスイッチを入れたいものです。

 

朝から話す・笑う

 私はこの数週間、出勤して朝の過ごし方を変えたことがあります。

職員室前、もしくは玄関で登校してきた子供たちを迎えるようにしました。

「おはようございます。」

と言ってくる子だけとは限りません。

「・・・。」

無言で玄関に入ろうとする子。

 

一度玄関に入って、また外に出てきて私に話しかける子

など様々。

 

とにかく声を掛けるようにしています。

反応させるためです。

 

玄関前で、虫の死骸に気付き、

「なんでバラバラになってるんだ?」

と不思議に思っている子もいます。

なかなか教室へ向かおうとしない子には、公務補や見守り隊の地域の方が、

「そうそろ入りなさい。」

と促したりしています。

 

朝の様子を観察すると、家を出るまでの様子が見えてきます。

あくびをしている子や、にこにこして挨拶する子。

 

その日の子供たちの様子を把握するには、ベストな時間かもしれません。

一日の好スタートをきるためにも、

家庭での基本的な生活習慣を大切にお願いします。

素直な思いを言葉と行動で

 子供の心は、行動、言葉にすぐ表れます。 

2つの事例を紹介しましょう。

 

①ある日、給食をとったあと、私は校長室で校務にあたっていました。

休み時間だったので、子供たちが廊下で会話する声が聞こえてきます。

 

そんなときのことです。

給食センターの職員の方が、子供たちの給食カートを片付けにきました。

すると、どこからか、

 

「いつも、おいしい給食をありがとうございます!」

 

という言葉が、廊下から聞こえたのです。

私は、すぐに廊下に出ました。

『今の素敵な言葉、だれですか?』

 

その場にいた先生が、図書室を指差して教えてくれました。

「〇〇さんです。」

「素敵な言葉だねぇ!!!

 聞いていた校長先生もうれしくなったよ。」

 

その言葉を言われたセンターの方も、

「そうかい? ありがとね!!」

とお返しの言葉がありました。

 

飾らない素直な言葉は、私の気持ちもすっきりさせてくれました。

 

②先日、学校にお客様がいらっしゃいました。

渚滑駐在所のおまわりさんです。

「防犯教室」の講師として、ネットトラブル、不審者対応についてお話いただだきました。

 

1~3年生の不審者対応の学習を始めるまで、子供たちと雑談です。

「〇〇くんは、将来、警察官になりたいのかぁ。

 どうして?」

など、気さくな会話をしてくれます。

子供たちは、たのしく学習を進めることができました。

学習を終え、講師の方が玄関へ足を進めていると、

子供たちも一緒に玄関へ移動します。

 

「お見送りをしよう。」などの呼び掛けはしていませんが、

子供たちが声を揃えて、

「いくぞ!」

と見送るのです。

ありがとうございましたぁ!!

「わざわざ、玄関までお見送りしてくれるなんて…。」

おまわりさんも恐縮しています。

 

子供たちが素直な気持ちを行動に表すとき、

周りの雰囲気を明るくしてくれるのです。

 

遊びから学びの連鎖

 最近、虫網を持って野原を駆け回る子を見なくなったなぁ…。

…と思っていたここ数年。

渚滑小に赴任するとその考えが飛んでいきました。

休み時間、私が廊下を歩いていると、一年生の子が、

「校長先生…、いっしょに虫取りにいかない?」

とつぶやいてきました。

 

「お! いいねぇ!!」

 

早速、虫網を手に取って外へ出ました。

快晴の暑い日中でしたが、私も数年ぶりに手にする虫網に興奮気味。

蝶を追いかけ、グラウンドを行ったりきたりしています。

その移動距離と言ったら、結構なものです。

短距離走を何本もするよりも、虫を追いかけたほうが体力がつきます。

 

つかまえたぁ!!

 

興奮した男の子の叫び声が聞こえました。

でも、網に入った虫をそのあとどうしたらいいのか分からず、

逃げてしまいました。

 

あぁ~…。

「捕った後ね、網をこうしたら逃げないよ。」

へぇ…!!

 

こうした体験は忘れないものです。

そして、捕まえた蝶を誰かに見せたいのです。

「すごいねぇ~、なんていう蝶なんだろう…。」

 

その言葉に、学びの連鎖がスタートします。

図書室へ行って図鑑を持って教室に行きます。

 

こうした遊び、活動を通して「危険」「時間を守る」「調べてみる」「仲間と協力する」などといった

「かかわり方」「学び方」を理解していくのだと思います。

 

校長先生! また行こうね!!

休み時間に誘ってきたときの表情とは明らかに変わっていました。

 

裏話…。

私が子供たちと一緒にグラウンドで虫を追いかけているとき、

何やら、お客様がやってきました。

「職員室に行ったら、『校長先生はグラウンドに…。』と言われたので…。」

と言って虫網を持った大男は、そのお客様から名刺を渡されました。

 

私は、『すいません、こんなところで…、すいません…。』

と平謝り。

するとそのお客様は一言…。

 

「校長先生…、楽しそうでいいですね。」

 

汗だくになっている私は、

『ですね。楽しいですよ。』

と答えたのでした。

 

スポットクーラー稼働!

公務補、事務員の活躍で、子供たちの学びを保障できました。

子の言葉

 7月1日~19日までの期間、今年度最初の「学校評価アンケート」をお願いしています。

御覧のように、今年度からネット上で回答できるように設定しています。

「学校評価アンケート」は、保護者、職員、児童に回答をもらいます。

聞き方は違うものの、同じ観点の設問から、認識の相違点を明確にし、

今後の学校運営に生かす目的があります。

 

さらに、今年度、保護者自由記述には、

「子育ての悩み」「学校への要望・感想」を、

児童自由記述には、

「こうするともっと渚滑小がよくなること」

を追加しました。

 

開始4日が過ぎましたが、早速、保護者の方からの回答があり、

「学校職員全員で子供たちを育ててくれている。感謝している。」

や、

「子に関する情報をすぐにくれるので、うれしい。」

など、職員の背中を押してくださる言葉がありました。

 

 子供の自由記述を見ると、

「学校のみんなが仲良くていい。」

「先生たちがやさしい。」

という肯定意見が多く、

要望として、

「家庭のことをみんなで話し合う時間が欲しい。」

「卓球部屋をなくさないで増やしてほしい。」

 

といった、前向きで質問の意図を理解した回答が多いです。

卓球部屋は4月からあった部屋ではなく、

体育館床改修に伴い、教頭、指導部が中心にセッティングした

運動量の確保のためのものでした。

 

 笑顔いっぱいの学校、築く子のために頑張るのは、職員の思いだけでは達成できません。

子の思い、保護者の皆様の悩みを共有することも大切です。

 

 みなさんの言葉をお待ちしています。

明日、保護者の皆様には、「まちこみメール」で、再度、アンケートアドレスを送信します。

 

【朝のあいさつ‐めんこいなぁ】

多面的に見る

 昔の私は、周りで起こったトラブルの原因を作ったのは、

「あなたでしょ!」

と言われることが多い少年でした。濡れ衣ともいいますか…。

 そう思われるような行動をとることが多かったので、仕方ないものと

言い聞かせていましたが…。

 

 このような判断は、「一面」しか見ていないからかもしれません。

最近、「多面的に物事を観る」ことが大切だと言われています。

 でも、多面的…って言われても何のことか分かりませんよね。

 

 学校の掲示物の中に、次のような物がありました。

「見方を変えるといいところいっぱい」という見出しです。

うるさい→伝えたいことがいっぱい

 のように見方を変える(リフレーミングする)と、自分や他人の「気付くことが多くなる」ということです。

 

 この題材をもとに、全校朝会でこんな話をしました。

「保健室の前に、見方を変えるといいところいっぱいって書いてあるけど、

校長先生が話す中に登場する人の、いいところ探してね。」

 

 子供たちは「うんうん」とうなずいています。

 

 

小学校5年生のクラスに、〇〇くんていう男の子がいてね、

その男の子は、とにかく暴れん坊で、人の話も聞かずに、好き勝手する男の子。

ここまでで、〇〇くんのいいところあった?

 

「最悪!!」

 

 ある日、理科室で実験していたら、〇〇くんが、いきなりとなりの女の子に

水をぶっかけたんだ。

「ひど!」

「うわ…。」

 

 いいところある?

「全然ないよ…。」

 

その女の子は、おとなしい子で、自分の思いもなかなか言えない子でさ。

水をかけた〇〇くんは職員室に連れていかれて、さんざん叱られた。

「なんてひどいことするんだ!!」ってね。

 

でも、この話には続きがあって、

水をかけられた女の子は、後になって〇〇くんにこう言ったんだ。

 

「ありがとう…。」って。

 

『ええええ!???』

『なんで!???』

 

さぁ、周りの人と相談してごらん。

 

 子供たちは一斉に考えを共有し始めました。

 では聞くよ。なぜ、「ありがとう」と言ったんだろう…。

 

「多分、その女の子は暑くて言えなかったから、水を掛けてくれてありがとう。だと思う。」

 

 このように、子供たちは、女の子の行動の理由を考え、発表しています。

自分の考えをもち、話に興味があれば自然と話をしたくなるものです。

 

「実はね…。」

この女の子は、「おしっこ」をもらしちゃったんだよ。

というと、数人が、「ああ!!!!!」

という、気付きの声を挙げました。

 

「もらしちゃったことを、周りの人にばれないように、

わざと水を掛けたんだ!」

「そうかぁ!!」

 

 でもさ、見方を変えていいところを見るって言っても、

結局は、見た目で判断されるってことじゃないの?

 

 と子供たちを揺さぶると、

一斉に、

「うううう~んん????」

とうなります。

 

これが大事なのです。

当たり前と思っていたことの視点を変えることで、思考することを始めるのです。

 

 校長先生がみんなに伝えたいのはね、

「どんなに善い行動にも悪い行動にも、そうする理由が必ずあるってこと。

見える結果だけを見てその理由を考えないで、勝手に決めつけて判断しないでほしいんだよ。

そうすれば、いろんな気付きが増えるはずですよ。」

 

物事を多面的に観ることの話は終了です。

 

 話は変わりますが、

子供たちの前で話すとき、子供が話にくらいついている「眼」をみると、

なんだかこちらまで力が入る思いです。

 

 子供たちに、こういう「眼」をさせる活動や授業を展開していきたいものです。

 

先生たちのメッセージ

 早いものでもう7月です。

あと20日弱の登校で、夏休みが始まります。

1学期の終わりを迎えるこの頃、今学期の振り返りとまとめが始まっています。

 

 先日、「保健室だより」が発行されました。

その内容は、「子供によって、認知特性は違う。だから、子への伝え方、理解への言葉掛けに工夫が必要だ。」

という主旨でした。

 

養護教諭は、子供たちのノートに視点を当て、

同じ授業でも、子によって理解への取り組み方が違うと分析しています。

 

保健室という場には、様々な困り感、悩みをもった子が来室します。

養護教諭は、画一的に判断することなくその子の本質を見て対応したいと考えているのでしょう。

 

 このように、渚滑小学校の先生たちは、様々な「メッセージ」を届けています。

今日の全校朝会では、図書室に集まった児童を前に、

初任段階層の教員が、写真を見せながら、こんなメッセージを発していました。

「校長先生の話の様子を見ていると、

〇〇さんが発表しているときの周りの人たちの話の聞き方が素晴らしかった。

 反応もいい。

 これからも、「気付き」を増やしてほしい。」

 

とのこと。

 

 このように、先生のメッセージをどのように子に伝えるか、

そして感じてもらうかを日々考えることがとても大切だと思います。

 

 渚滑小学校の担任が発行する学級通信に目を通すと、

子供の様子(事実)とともに、必ず「担任の主観(思い・考え)」が書かれています。

 

 私は、こうしたメッセージを子供、保護者、地域と共有することで、

「渚滑小の味」を作っていけたら…と考えています。

最近の渚滑っ子

 やっと暑くなってきました。

欠席する子もなく、学校内に子供たちの声が響いています。

 

 体力づくりの一環で、子供たちは体を動かしています。

体育館改修工事のため、場を確保するために、校舎内全部を利用しました。

廊下にマットを敷いて、後転したり倒立前転をしたり…、

ラダーを追いてサーキットトレーニングをしたり…、

玄関前スペースで縄跳びにチャレンジ。

他に、けん玉、こま回しをしている子もいます。

学年の枠を外して取り組むことができることも渚滑小の特徴です。

 

翌日、なぎさ学級をのぞくと、算数の学習をしていました。

「測る」学習です。

 黒板の長さを図っています。

一人じゃ測れないところは二人で協力して…。

 

 測る前に長さの予想をして活動に入る手もありそうでした。

 「そっちもって!」

「いいよ!!」

そんな声を掛け合いながら学習が進んでいます。

 

 玄関前には、

生活目標とそれに対する自分の評価を可視化したボードがあります。

言葉による子供自身の振り返りの言葉が書かれていたり、友達への言葉、

教員から価値付けの言葉や頑張る視点が書かれています。

「気付く子」への一つの手段です。

 

やっぱり、毎日の積み重ねが大切です。

子供たちが急に変容することはないですし、

教職員も子供の実態を把握し、分析しながら地道な指導を繰り返すしかありません。

その時、教職員が向かうベクトルが同一方向でありたいと思っています。

大人はかたい!?

 先日のクマ出没の際には、送迎にご協力いただきありがとうございました。

熊の習性を学び、同じ場に留まることはないとの判断と、その後、目撃情報がないことから解除いたしました。

 

 さて、天気がすぐれない毎日ですが、子供たちは元気です。

渚滑小学校の体育館は、床の改修工事に伴い、現在使用できない状態にあります。

毎日、体を動かすことを楽しみにしていた子供たちにとって、欲求不満な思いをさせてしまっています。

 

 そんなある日、校長室の戸を叩く女の子たち。

「校長先生! 見てください。」

 

と言って柔軟体操をその場(校長室前の廊下)で始めたのです。

『おおおおお!!! 柔らかいねぇ!!!』

と声を挙げると、得意そうなしたり顔です。

 

その様子を見た先生たちがやってきました。

その先生たちにも、

「こんなことできる?」

と話し、大人たちをあざ笑い始めます。

「いててててて…。」

『大人は硬いからねぇ…。』

と、馬鹿にします。

 

「じゃぁ、これできるかい?」

と言って、職員の一人がバランスを取り始めました。

 子供たちはむきになります。

 

みんなで体操教室が始まりました。

どこでも体を動かすことはできます。

廊下にマットを敷いておいても、子供たちは楽しむかもしれません。

 

大人も思考はやわらかくありたいものです。

お客様の前でも

 昨日、「教育委員会文教施設視察」のためお客様が来校されました。

教育長や教育委員の方々が授業の様子を参観しました。

 

なぎさの学級では、算数の足し算の問題作りをしていました。

「〇〇が△ あります…。    あわせて…。」

といったように、足し算のキーワードをおさえながら、

子供たちが〇〇の中に言葉を入れていきました。

 

「扇風機が、16台あります…。」

そう話すと、

「扇風機が16台もあったら寒いね!!」

と突っ込む先生。

学級がドッとわきました。

問題作りを通して、その状況をイメージできることも大切な指導なんですね。

 

1,2年生の教室では、

子供たちが黒板を使って「神経衰弱」をしています。

算数でなぜ?と思われるかもしれませんが、

子供が、「右から〇番目」と指示すると、前に出た子がそのカードをめくります。

 

この「〇番目」という要素が算数の学習です。

神経衰弱の中に、「〇番目」の学習をする必然性をもっているのです。

ゲームの楽しさを教師が意図的に取り入れ、子供たちが自走している姿を参観していただきました。

 

6年生は、分数の割り算の計算について交流しています。

 

渚滑小は、お客様がいつ来たとしても、

普段の授業の様子をいつでも見せられる状況です。

 

廊下ですれ違う子供たちは、

「こんにちは!!」

と、自分たちから挨拶ができます。

 

毎朝、挨拶をしに校長室にくる子が増えています。

「今日も元気だね。」

 

先生も子供たちも、普段から意識していることが習慣となれば、

本物の力となっているはずです。

いつでも、「笑顔いっぱい・本気いっぱい」の渚滑小でありたいです。

渚滑小の自慢を教えます(学習サポーター歓迎!)

 子供たち、とってもいい顔をしています。

その視線の先にあるのは…、

新たな先生です。

19日に、「学習サポーター」が配置され、原先生の歓迎式をしました。

 

先に私から、

「原先生に自己紹介してもらう前に、

校長先生から原先生に、渚滑小のみんなの自慢を話しますね。

まず…、」

 

子供たちも私が何を自慢するのか、興味津々。

 

「挨拶を自分からする人が多いです。

今日も、『〇〇(友達の名)、おはよう!』

って、あちこちで挨拶の声が聞こえました。素敵です。」

 

「2つ目は、時間を守るってこと。

今日の歓迎式も、15分から始めるって決まってたから、

その前に、みんな勢ぞろいして、15分ぴったりに始めることができた。

この自慢、ずっと続けられるかな?」

 

みんなで、名前を確認して、

原先生の自己紹介。

「みなさん、たくさんお話しましょうね。」

 

そうして、早速、教室へ。

1,2年生は集中して学習に取り組んでいました。

 

職員室に戻ってきた原先生に、

「子供たちの印象はどうです?」

とたずねると、

「元気で素直な子が多いです。」

との返信でした。

 

 原先生には、おもに低学年のサポートに入ってもらいます。

これから、渚滑っ子をよろしく!

 

ちなみに、1,2年生の聞く姿勢が変容していました。

お話している人にへそを向けて聞いています。

低学年の今後の学びが楽しみです。

達成感と次へつなぐ視点を

 とってもいい天気のもと、「渚滑小中学校合同運動会」を開催しました。

グラウンドに集う人たちの笑顔がたくさんの運動会でした。

 

 開会式でのPTA会長のユニークな挨拶に始まり、

子供たちが全力で取り組む姿、

応援している方々の、手拍子、拍手。

 

 見どころが満載でした。

 

小学校の「リズム」の時、放送席にいる中学生全員が手拍子をしていたり、

奥に見える保護者の方々が、そのリズムに乗って一緒に踊っていたり…。

 

演者を育てるのは、観客であることがうなずけました。

踊っている子供たちの動きが変わるのです。

 

この他に、

総練習のあと、さらに練習をした形跡が残る場面もありました。

放送原稿を読むスピード、強弱、間が明らかに向上変容しています。

 

次の競技への「間」も激変し、キビキビ感が表れ進行がスムーズに。

 

閉会式後、みんなで後片付けをして、解散です。

 

こうした動きを目の当たりにして、職員の頑張り、子供たちの変化を実感することができました。

多分、参観した保護者の方々は、

「観てよかった。」

と思ったでしょうし、子供たちも、

「やってよかった。」

と思えたと思います。

 

でも、この行事は今後の序章でしかありません。

今後の指導に向けて、今の子供たちの実態を把握し、次の一手を職員みんなで創造していくことが大事です。

 

満足はたくさんしたほうがいい。

でも、満足を長く続けると成長するタイミングを逃すものだと思います。

ですから、みんなで作り上げた運動会を、今後のみんなのために

どのように生かすかという視点を持ちたいものです。

 

運動会の来賓の方々も、

「見どころいっぱいでした!」

と満足していました。

 

保護者の方から、

「子の成長がみられました。ありがとうございました。」

とねぎらいのお声を掛けていただいた職員も数人いたようです。

 

最後まで片付けを手伝っていただいた保護者の皆様、ありがとうございました。

 

 職員も明日はゆっくり休んでください。

では、また…。

なごやかな気持ち

 明日の運動会に向けて、「前日準備」をしました。

小中学校の児童生徒が、声を掛け合い、なごやかに時間が過ぎていきました。

途中、中学校の教員が、

「せっかく(テントを)立てたのに、どうして脚をたたんじゃうんだろうね?」

と子供たちに質問している場面がありました。

『えっ?』

『雨が降るから?』

 

「風が吹いて飛んでいったらどうなる?

 危険を防ぐためだよ。」

 

その対応をする意味付けをしていました。

「考えさせる」「学ぶ」場面を設定することは、意識していればいつでも、どこででもできます。

 

最後に、石拾いをして、グループごとに集まって解散しました。

明日の準備は万全です。

 

校舎へ戻る途中、高学年の女の子が、

「校長先生、これあげる。」

と言って、小さな花を差し出してくれました。

『この花をきれいとか、かわいいと思える自分って、いいと思わない?』

とたずねると、

その女の子は、にっこり笑って、

「はいっ!」

と言いました。

『これ、押し花にするね。』

 

 運動会前日は、とってもなごやかな気持ちです。

明日、みなさんとお会いできることを楽しみにしています。

 

 

素敵な学び

 今日のブログは、素敵な学びを2つ紹介します。

少々長くなります。

 

素敵な学び①

運動会総練習を終え、今日の練習(指導)の目的は、

その振り返りをもとに、子供たちに考えて行動するように仕向ける一日でした。

まず、「リズム」の中で、統一するとかっこよくなる視点を子供たちに気付かせ、

そこをバディ(パートナー)と確認しています。

確認する視点さえ理解し、学びに「必要感」を感じることができれば、子供たちはどんどん勝手に動きます。

 

その様子(子供の自主性)が顕著に表れ、垣間見えた場面が次の種目の練習でした。

まず、集合地点までの移動もキビキビと。

「私よりも早く動きなさい。」

と言って担当教員は、子供たちに素早く動く必然性と興味をもたせています。

 

そして、

昨日の総練習を振り返らせ、

「さて、今日はどんな練習をしたい?」

と問い掛けます。

『作戦会議をしたい!』

「へぇ…、練習試合しなくてもいい?」

と言って、子供たちに作戦会議をする視点を見付ける活動を促します。

 

そして、練習試合を一度やってみた後に、作戦会議が始まりました。

その作戦会議の方法はさまざまで、話し合い形式を選んだり、

実際に棒を持ってやってみたり…。

 

解決の方法はさまざまでいいのです。

 

そして、その後、子供たちから、

「ちょっと、実際にやってみていいですか?」

というつぶやきが生まれました。

指導者が、「やりなさい。」と言わずとも、

子供が「必要感」をもち、「動き方」が分かっているのなら、必然的に動き出すことが分かります。

そして、その裏に、担当教員の仕掛けがありました。

「今日は、練習試合は1回しかしないからね。」

という声掛け。

 

意図的にその声を掛けたようです。

 

子供の学力、思考、判断、表現を向上させる条件の1つに、

「活動に制限を設定する」

ことがあります。

例えば、自分の考えを〇文字以内で書きなさい。

とか、〇秒で動きなさい。

ということです。

 

「今日は、練習試合は1回しかしないからね。」は、「もっとやってみたい!」

と思うための、「制限」の指示でした。

 

渚滑小学校では、どの学習においても、「課題の設定」にこだわっています。

指導者が、「この時間はこれを勉強するよ。」と言わずに、子供たちが、

「この時間はこの勉強をしたい!」

「こんなゴールを目指したい!」

と思える声掛け、導入をしようということです。

 

教科の学習だけでなく、行事や児童会活動の中でも、そういうスタンスで臨んでいます。

 

素敵な学び②

昼からの時間に、オホーツク総合振興局の「西部耕地出張所」の方々と、

「田植え」体験学習をしました。

雨の天候が心配であり、気温も昨日から10度以上も下がっていることを鑑み、

残念ではありましたが、裸足での田植えは断念しました。

 

植え方の説明を聞いているときの子供たちは真剣です。

早速、体験を始めました。

植え方にもコツと知恵があります。

こうした知恵と工夫に気付かせることも大切な学習です。

軍手をはめていた子も、脱ぎだして植えています。

数十分の体験でしたが、規則正しく植えました。

その後、室内に移動して、野菜クイズやお米の育ちについて学習を深めました。

担当してくださった職員の方々の説明は分かりやすく、子供たちのつぶやきも上手に拾ってくれました。

子供たちの聞く態度もよく、

反応やつぶやきも、

「うおおおお!」

「すげぇ!」

「パチパチパチ!」

といった感じ。

 所長も、

「渚滑小の子は、元気で反応がいいですね。」

と評価してくださいました。

 

最後に、代表児童が感謝の言葉を…。

私も一言・・・。

 

「今日の給食、あなたたちが育てた野菜? お米?

 それをあなたたちの口に運ぶまでには、たくさんの人の手がかかっているんですね。

 だからあなたたちがすぐにすべきことがあるんです。」

「ありがとうって言う!」

「いただきますっていう!」

 

「なるほどね。いただきますって、育ててくれた人、作ってくれた人、命に対していう言葉なんだね。」

と話して学習をくくりました。

 

対応していただいた「西部耕地」の職員の方々は本当に素敵で、

汚してしまった玄関をすぐにきれいにしていたり、

植え残った苗を、すぐに植えていたり、

子供たちにタオルを用意してくださったり、

チームとして役割を自覚している方々で、

とにかく、みなさんの表情が素敵でした。

 

運動会を前に、子供たちの体調を気遣ってくださり、

そして、こちらの要望にも耳を傾けていただき感謝申し上げます。

来年こそは、泥んこ体験を…。

苗の観察の際もよろしくお願いいたします。

 

「ブログ、楽しみに読んでますよ。」

と教えてくれた職員の方と笑ってお別れしました。

 

素敵な学びをありがとうございました。

 

今日一番の光景

 今日、運動会の総練習を行いました。

これまで悪天候が続き、体育館での合同練習をするなど、屋外で競技を通した練習は初でした。

 

本番さながらの総練習でしたが、職員も当日をイメージする大切な時間となりました。

すべての種目を目にして、私が今日一番、心に残ったシーンがありました。

 

 これは何かというと、

小学校児童が「リズム」を終え、退場後に児童テントに戻るときの様子です。

写真ではうまく伝わらないのですが、

次の種目の準備をする中学生と、フィールド内で入れ替わりするときです。

すれ違った小学生たちに、

「よかったよ!!!」

「がんばったね!!!」

「いぇ~い!!」

「パチパチパチ!!!(拍手)」

と生徒たちが声を掛け、褒めてくれたのです。

それも、一人や二人ではなく…。

 

自分たちの行動を認めてくれた小学校の子供たちもいい顔をしています。

中学生のさりげない行動がとても素敵でした。

一緒に参観していた教頭とも、思わず、

「いいな、これ。」

と共感しました。

 

 放課後、小中合同の反省会議を開き、先生たちが協議しました。

「もっと、こうできたらいい。」

と、本番を3日後に控え、これからできることを模索していました。

 

こうして、本番に臨む渚滑小中合同運動会。

お楽しみに…。

子供たちの学びと職員の動き

 運動会の特別日課期間ではありますが、日常の教科指導も怠ってはいません。

 

1年生の算数では、「10の合成」について、学習していました。

そろばんを用いて、視覚的に10の合成(1と9、2と8…)を理解していきます。

1年生は入学して3か月目に突入ですが、学習を頑張っています。

 

 

1年生は、黙々と自学習できるようになってきています。

 

 5年生教室を覗くと、社会の学習をしていました。

すると、ある子が私に気付き、

「校長先生は、戦争に行ったことある?」

と尋ねてきました。

 

『ん? どう思う?』

と聞き返すと、

「1940年の学習してるんだけど、戦争してたんだよ。」

『へぇ…。 校長先生はねぇ、1970年生まれなんだよ。』

と答えると、

「そうかぁ、じゃぁ、戦争に行ってないんだね。えっと…、校長先生が生まれる30年前かぁ…。」

と、西暦を根拠に時代を抑えていました。

 

渚滑でも戦争の影響を受けたのかなぁ…?

なんていう問い返しをしても学習が広がりますね。

 

その後、3,4年生の教室に向かうと、とても面白い場面に出会いました。

国語の時間、「主語、述語の関係」について学んでいました。

すると、ある子が、

「くどくてん に気を付けて読むんですね。」

と言うのです。

すると担任が、

「ん? くどくてん?」

と突っ込みます。

 

子供たちは、「句読点」の読み方に「?」だったのです。

ここで教師がはりきって教えてはいけません。

「ん? なんて読むんだろうね?」

ととぼけてみせるべきです。

 

すると、教室全体が「えええ!??? なんて読むの???」という雰囲気になりました。

そうです。自分たちで調べさせるのです。

クロームブックを使ったり、国語辞典を使って自分で苦労させるべきです。

 

その後、「くとうてんっていうのかぁ!」

と喜びに沸きます。

それだけでなく、

「。は句点、、は読点、だから合わせて句読点っていうのかぁ!!」

と新たな学びを自分で身に付けるのです。

 

老子の格言に、

『授人以魚 不如授人以漁』という言葉があります。
「飢えている人がいるときに、魚を与えるか、魚の釣り方を教えるか。」という意味です。

 要約すると、

「人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける」という考え方です。

 

これは、学習でも通ずる考え方です。

答えを教えるのではなく、答えの導き方(学び方)を教える(自分で得る)ということです。

知識と学び方(思考・判断・表現)のバランスが大切なのですね。

 きっと、子供たちは、「句読点」の読みと意味を忘れないで、次の学習につなげていくことでしょう。

 

 校長室に戻り、外を眺めると、

棒をもった公務補が、何やら探しものをしています。

 「スズメバチが巣を作っていないか、確認しています!」

とのこと。

 危機管理がばっちりです。いわずとも自分ができる仕事を見付けて動くことができることに、

敬意をもちました。

 

 敬意といえば…、

天気が悪く、運動会の準備も予定通り進まないのですが、

中学校の先生から、

「グラウンドにテントを張ろうと思います。」

と連絡が入りました。

 

 すぐにグラウンドに向かうと、

 数人の先生が、準備していてくれました。

「ありがとね! 小学校からも来るから。」

というと、一斉にテント建てが始まりました。

 

 先のブログでもお伝えしたように、

私は、「やるよ!」

の担当の言葉に一斉に集まり、一斉に動くという組織体が大事だと思うのです。

 

こうした動きをみると、嬉しくなりました。

 

 窓の外では、セミが鳴き始めました。

紋別の短い夏が始った感じがします。

取り組み方と取り組む姿勢

 今週、中学校との合同練習が本格的に動き出しました。

天気が悪かった日には、体育館で移動の確認をしたり、

児童生徒の係打ち合わせをしたり…、

久しぶりに快晴だった今日は、綱引きやリレーの動きをしてみたりしました。

 その中で、習慣となった様子(姿)を見ました。

 

分かりますか?

演台に立っている人にへそを向けて立っています。

これは、指示したわけではありません。

教頭に確認してみると、

『高学年からずっとこうして聞く態度を育てていました。』

とのこと。

 

4月某日のHPでも紹介しましたが、話す子を育てるには、聞く子を育てる必要があります。

その後、教室で同じような場面がありました。

こうした習慣は1日にして為らず。

まして、形ばかりでなく、興味関心をひく話をしなければこうはなりません。

 

 別話です。

中学校のグラウンドで練習していると、中学校の先生がやってきました。

小学校競技の道具を確認しに来たそうです。

「私は道具係なので、使うものを確認したくて…。」

というのです。

ありがたいことです。

 

 職員の準備、調整は、子供たちのいい眼・いい顔を観るためでもあります。

職員の動き

 今日は、渚滑小の職員の話題を紹介します。

 

昨日、放課後に職員総出で作業しました。

 渚滑小学校の体育館床を改修することになり、体育館器具室や放送室の道具をすべて外のプレハブに移動することになったのです。

教頭が、

「〇時から作業を始めます。」

と放送を流すと、校内あちこちにいた教員が、すっと集合しました。

 

 私は、こういう動きが大好きです。

というか、規模に関係なく、こういう動きができる組織でありたいと思うのです。

 

 まず、時間を守るということ。

そして、全員が一斉に集まるということです。

 

 全校集会をするとき、開始のチャイムとともに集会がスタートするかどうかで、

その学校のこだわりも、大切にしてる指導が何かも分かるものです。

 

 そして、普段は掃除ができない場所にゴミがたまっていますから、

掃除をするのです。

 

 誰ともいわず、ごくごく自然と掃除をするその姿を見て、誇らしく思います。

子供たちに学んでほしいことを、指導者ができなくて伝わるわけがありませんから…。

 

 私もそんなに偉そうに言えるほど、善い行いをしていませんが、

こういう視点で、私は職員(人)を観察しています。

 

中学校の体育館で運動会の練習をするときに、

 きちっと靴を並べられるような渚滑っ子も素敵です。

きっと、おうちでのしつけも、行き届いているからなのでしょう。

なんだか楽しかったなぁ…。

 今日、低学年の下校を見送った後、二階の窓から何気なく外を眺めていました。

 よく見てみると、数人の子が傘を差しながら駈けている様子が目に映りました。

数メートル走っては立ち止まり、下を眺めているのです。

虫でもいるのでしょうか。

三人が頭をくっつけて何やら指差しています。

 

そして数秒後、また駆け出します。

そしてまた立ち止まり、道端の植物に手を出しています。

そしてまた、走り出します。

 

子供の興味の移り変わりは早いですから、気になるものにはすぐに飛びついて、

すぐに飽きて、そして次の物に…。

 

その様子を見て、知らずのうちに微笑んでいる自分がいました。

子供の頃の自分を思い出し、

「登下校の途中にはたくさんの刺激があったな…。」

と…。

その分、トラブルもありましたが学んだこともたくさんありました。

 

過去に担任を持っていた頃、ある保護者の方が、

「先生! すいません。傘を息子に渡してもらえますか?」

と息を切らせて持ってきたことがありました。

もう20年以上も前の話です。

 

その後、しばらく経って久しぶりに再会したその保護者の方は、

その日の出来事についてこう話しました。

「木村先生との思い出は、傘を学校に持っていった時の先生の言葉です。」

『そうですか、私はなんて言ったんですか?』

 

「傘を忘れたのなら、濡れて帰ればいいんですよ。

 濡れて帰るのが嫌なら、次から天気のことを考えて、自分から傘を持つようになりますから…。」

 

言った本人が忘れていたことを、その保護者の方は話してくださいました。

そんなことを言う教員がいるのだと思ったのと同時に、

子供にその話をして、傘を忘れても親が届けないことにしたそうです。

 

不審者、熊対応、学校の統廃合など現代の環境は大きく様変わりし、子供の登下校事情も変化しています。

 ただ、そういう時代だからこそ、学校で子供たちに「何を学ばせ、何を気付かせるのか?」

と試されている気がしています。

 

 私は、放課後の3人の後姿を見て、

「気を付けて帰るんだよ。また明日な…。」

と見送りました。

すっかり雨もあがっています。

幼い頃の自分を見ているかのようでした。

人のつながり

 今日、小学校と隣接する中学校のある活動に参加してきました。

「クリーン活動」です。「エサ ゼロ活動」とも名打っていました。

 

先日、中学校でも「熊」についての学習を深めたそうで、その中で、

「ごみの味を覚えた賢い熊(鼻が利く)が、えさを探しにやってくる。」

「だから、えさとなるごみを拾おう!」

ということです。

 

3つのグループに分かれて拾い始めたごみは、用意した袋にいっぱいになりました。

地域の方々、駐在所の方も参加し、天気のよい昼下がりにすがすがしい活動をしてきました。

 

中学校の生徒も礼儀正しく、かつ明るい生徒たちばかりでした。先生との距離もいい感じです。

中学校長の価値付けのあいさつでは、

「みんな、いい顔をしています。きっと、いい活動をしてきたからだと思います。」

と結んでいました。

 

私も気持ちがほっこりとして帰ってくると、職員室に来客がいました。

その方が、

「校長先生のブログ、観てますよ。」

とおっしゃいました。

 

嬉しいお言葉でした。

 

 今日、一日を過ごし、「やっぱり学校は、人と人をつなぐ場なのだ」と感じた瞬間でした。

中学校と小学校で、「エサ ゼロ活動」をしたら面白そうだな…。と感じました。

 

メッセージを伝える

 6月になりました。

月に一度の「全校朝会」をおこないました。

 

私も6月の生活目標の「協力」のキーワードについて話したのですが、その後、教員の一人が子供たちにメッセージを届けました。

この写真を提示し、

「この写真、熊訓練のときのみなさんの写真です。この写真は、いい写真だと思うんだけど、なぜそう思えるのかな?」

と問いました。

 

『みんな、真剣に話を聴いているところ。』

子供たちがその問いにつぶやきます。

 

「そうですね。先生は、こうしてみんなが『考えている』ことに意味があると思います。」

 

子供たちは、色々な視点で写真を観ています。

その様子をその職員の視点で価値付けています。

 

私は、こうして人それぞれの価値観を話す場が大切だと感じています。

この後、高学年が前に出てきて、間近に行われる「運動会」への取り組み方について下級生にメッセージを届けました。

運動会に競技者として参加するだけでなく、上級生として何を為すか?を考えた行動でした。

そのメッセージを受け取り、渚滑っ子がどのような行動をするか楽しみです。

 

 

 

習慣の大切さ

 6月15日の運動会に向けた練習がスタートしています。

近頃の天候により屋外での練習ではなく、体育館での全体の動きについての確認が多くなっています。

今日は、「綱引き」と「リレー」の並び方と動きについて確認していました。

 

私は、この時の子供たちを観察する視点として、「返事」を見ていました。

担当の教員が、

「名前を呼ばれたら、こちらに並んでください。では、〇〇さん。」

 

この時に、返事ができているか?

を見ていたのです。

 

でも、合格点はあげられませんでした。

 

私はある市の病院で、このような張り紙を目にしました。

「名前を呼ばれて返事がなければ、次の方を優先します。」

この対応に、賛否両論あるだろうと思いましたが、この張り紙の背景にどんなことがあったのか想像してみました。

「きっと、何度も名前を呼んだのに反応がなかったんだろうな…。」

「もし、耳の不自由な方がいたらどうしたらいいんだろう…。」

 

でも、やっぱり大切にしたい習慣の「返事」

 

ここにいます!

分かりました!

そういう意味のある返事を、元気よくできる子供たちでいてほしいです。

 

よい習慣を身に付けるには時間が掛かります。

悪い習慣が身に付くにはあっという間です。

 

日頃から意識させることが大切なのです。

学ぶのは子だけじゃない

 先日、「提案授業」をしました。

渚滑小学校で大切にしたいことを、授業でどのように子に身に付けさせるか?

ということです。

 

 「教わる」のではなく、「自分たちで学ぶ」という視点で授業が展開していきます。

 本校は複式学級であるため、担任が交互に学年を渡って指導します。

担任が隣の学年についている時間は、自分たちで学習を作って(調整)していく力が必要です。

 

今回の提案授業では、

どのように学習に必要感をもち自分たちで授業を進めていくか?

子供たちがどのようにアウトプット(自分の考えを表現)するか?

がテーマでした。

 

 中学校の先生も多く参観に来てくださり、感想や助言を述べていただきました。

 

提案授業ですから、担任団は、その授業の要素を自分の学級でも応用できるか?

使えそうなことはないか?

を考えます。

 

学ぶのは子だけじゃありません。

先生も悩み、考えています。

 

子も大人も日々、自分を磨く集団でありたいです。

 

 

子のつぶやき

 下校する前に校長室をノックする子がいました。

「失礼します。校長先生、さようなら。」

 

 私は、こうした子に必ず返す言葉があります。

朝の挨拶をしに校長室を訪ねた子には、

「元気ですか?」

『はい。』

「いいね。どれくらい?」

『えっ!?』

 

 どれくらい元気か?と質問されたことなどない子は、一瞬動きが止まります。

でも、脳みそはフル回転で、どう答えようか考えているのです。

「このくらい。」

と言って、親指と人差し指で距離を示したりします。

 

中には、

「校長先生の背くらい!」

と言ったりします。

 

 下校前に校長室にやってくる子には、

「今日は、楽しかったかい?」

『はい!』

「何が楽しかったの?」

 

と尋ねます。

 同じ子が毎日やってきて、その問いに工夫して答えようとします。

そこが楽しいのです。

 

 昨日、帰りに校長室にやってきた子に、

「楽しかったかい?」

と尋ねると、楽しかったと答えました。

すると、

『校長先生、挨拶したらいろんな話ができていいと思う。』

と話すのです。

「何がいいの?」

と重ねて尋ねると、

 

『あいさつの後に、校長先生と話をするから、面白い話ができるんだもん。』

と答えるのです。

 

挨拶をする目的の一つです。

「おはようございます。」「今日はいい日になるといいね。」「さようなら。」「また明日も元気で会おうね。」

そんな会話が続けば素敵ですよね。

 

先日、学校医が帰り際に、

「渚滑の子は、いいね。挨拶がしっかりとできる。」

とおっしゃいました。

挨拶の様子を通して、渚滑小学校をそのように評価してくださいました。

 

子どものつぶやきや行動の中に、「本質」を再確認させてくれることがあります。

縁の下の力持ち

 人は、目につきやすいもので評価しがちです。

それは当然です。

 でも、形に見えない頑張りや力があるから、自分の生活が支えられていることを理解することも大切です。

気付くための「眼」を鍛える場所の一つが学校ですが、逆に学校はたくさんの人々の力で成り立っています。

 

 たくさんの業者の方、PTAの方、学校運営協議会の方、地域の方、委員会の方…。

挙げればきりがりません。

 先日、グラウンドにある「気になっていた物」を撤去してもらいました。

 タイヤです。

グラウンドの隅に数十本埋められていたタイヤですが、不安定になっていたためどうにかならないか考えていました。

 そこで、お願いしたのがPTAのお父さんでした。

相当な重量があるために、手掘りでは何時間、何日間かかるか分かりません。

 

 重機を持っているお父さんに、

「なんとかなりませんかね…。」

とつぶやいたところ、

「いいよ!」

という快い返事。

 すると、翌日に動いてくれたのです。

 重機を持ってきて、スイスイ抜いていきます。

抜いたタイヤを軽トラックで体育館裏へ運びます。

 

 この時、事務員と公務補が汗だくで手伝ってくれました。

私もスーツを着替えて、泥だらけになって作業しました。

 

 2時間弱で、全て抜き終わったのです。

作業後に、冷たい飲み物がのどにしみました。

「うまい!」

こういう思いができたのもよいよい。

 

 子ども達の安全確保のための作業。

こうした「縁の下の力持ち」の存在のおかげで、学校は成り立っています。

学習の深化のために

「初めまして…、〇〇です。今、一番欲しいものは…。」

初対面の他校との児童同士が、クロームブックの画面越しに自己紹介をしています。

 

今日、上渚滑小学校の6年生と、オンライン交流学習をしました。

 

 国語のインタビューの学習です。

インタビューを通して、それぞれの学校を比較し、気付かなかった自分の学校を知るという目的があります。

オンラインでつながる前に、楽しみな気持ちと、不安な気持ちが入り混じっているようでした。

 

 オンラインがつながって、自己紹介によるアイスブレイク。

そして、子供たちが学校についての質問をしていきます。

「渚滑小学校は、みんな仲がいいのですか?」

 

その質問に、どう答えていいのか悩んでいました。

仲がいいということをどのような言葉で伝えるかです。

 

『う~ん、仲がいいです。みんなと一緒に遊んでいるから…。』

「・・・。」

 

答えの後に「間」があるものの、こうしたやり取りが続きます。

 

少人数での学習のよさもありますが、「多様な考え方の交流」という視点では、人数が多い方がよいです。

授業の進め方や意見交流に改善点はあるものの、

「まず、やってみよう!」

という、両校の先生たちの意気込みがうれしく思いました。

ぜひ、継続して「効果的な端末利用」を進めたいものです。

 

 話は変わりますが、上渚滑小学校の6年生担任は、私が前任校で一緒に働いていた教員でした。

上渚滑小学校の教員として、学校を牽引している姿を目の当たりにして、彼を誇らしく思い、うれしく感じました。

 

子の可能性を伸ばす手立てを、共に試行錯誤する仲間でありたいと感じています。

遠足で見えた、子の臨機応変

 晴天に恵まれた10日の遠足。

風が強かったものの、予定スケジュールを変更するものは何もありませんでした。

 元気よく歩く子供たち。

目的地について、全校遊びが始まりました。

子供たちが事前に準備していたレクを説明します。

その中で、「鬼ごっこ」をすることになりました。

「鬼になりたい人!!」

『ハイ!!』「はい!!」

 

鬼になった子供たちは、今にもスタートしようとしています。

でも、ここである子が、

「ちょっと待って!」

と制止しています。

なぜかというと…、

 

「これじゃぁ、誰が鬼か分からないよ。」

 

「じゃぁ、帽子を後ろにすればいいんじゃない?」

「そうだね、そうしよう。」

「みなさん聞いて! 帽子が後ろの人が鬼ですよ!」

 

こうしてスタートしました。

 

「臨機応変」という言葉があります。

【その場の状況によって、行動や言葉、対応を変えてより適したものに変えていく】

ということです。

 

この言葉通り、その時の状況を判断して対応することは難しいけれど、

こうした学習をするのが「学校」の役割だと思います。

人によって正解は違えど、先を想定し判断して行動することはとっても大切なこと。

学校ではたくさんの失敗もするし、責められることもあります。

 

鬼ごっこのルールも、臨機応変に変えていいのです。

もし、帽子のつばを後ろにするというルールを決めなければ、だれが鬼なのか分からないままだったでしょう。

 

続きがあります。

実際に鬼ごっこをしていると、なんだか不都合がありました。

なかなか捕まらない…。

 

そこでとった新たなルールで、「逃げられる場所を狭くする」ということ。

鬼ごっこの面白さは、追い追われることです。そのスリルが味わえなければ楽しさも半減ですから、

「範囲」を決めるという臨機応変さ。

 

 お弁当の時間にも臨機応変さが。

 

お弁当の時間、独りぼっちの子はいないものの、こんな場面が…。

 

「〇〇ちゃん、一緒に食べよ!」

『うん、いいよ!』

〇〇ちゃんは、その誘いに喜んで敷物を敷いていました。

Aグループの誕生です。

 

するとそこに、違う子から、

「ねぇ、〇〇ちゃん! 一緒にたべよ!」

という別の誘いが…。

〇〇ちゃんは、困ってしまいました。

(自分はAグループなのに…、Bグループにも誘われた…。どうしたらいいの…?)

 

こんな心の声が聞こえてきます。その様子をみて、私はどうするのかな?と興味津々でした。

 

すると、別の子が、こういうのです。

「じゃぁ、みんなで一緒に食べたらいいんじゃない?」

 

『いいね!」』

こうして、AB連合グループが誕生し、みんな笑顔です。

 

 私は、こういう体験がとっても大切だと思うし、新たな考えや折衷案を認めることがとても大切だと思っています。

 その様子を見ていた先生たちもいましたが、すぐに口出しせずに見守り、子供たちのとった行動を褒めていました。

 

 子供たちはひとしきり遊び、楽しんだ後の様子を写真に撮りました。

後片付けもばっちりでした。

 

こうしたことができるように指導して、子供たちの自立を促した遠足だったのです。

熊が出没する目的とは…?

 昨日、予告通り「熊訓練」を行いました。

 

 「もし、熊と遭遇したらどうする?」

という教頭の問いに、グループで考える子供たち。

「目をそらさないで、ゆっくり下がる。」

教頭の授業マネジメントもよく、子供たちはいい眼をして授業に参加しています。

 

その後、熊が登場!(毛皮を羽織った職員ぐま)

遭遇した時の熊との距離によって、とる行動が変わります。

熊と遭遇しないことが大前提ですが、「もしも…。」の時の対応を考えます。

熊の糞や、熊が荒らしたごみの実物を目にして、興味津々の子供たちでした。 

 

最後に、私が子供たちにこんなつぶやきを…。

「缶詰の缶にこんな穴を簡単に開ける熊を前にして、みんなは本当に(落ち着いて)行動できる?」

『できるか分からない…。』

『できないよ…。』

 

「そうだよね…。でも、どうして熊は、この辺に出てくるんだろう…。

 何か、目的があるのかなぁ…。」

と、とぼけてみました。

 

すると…、

「人間を食べに来るんだ。」

という子供のつぶやきが。

 

 熊に対する知識がこのような子供たちに、さらに学習を深めて欲しくて提起した私からの問い。

地域の状況とつなげて、「熊」を考えることはできないかな…。

と思っています。

 

 地域の方も参加した今回の「熊訓練」

渚滑ならではの教材を使って、気付きや思考を深めさせたいものです。

 

熊訓練と渚滑地域の課題のつながり

 

 校長室から裏山を覗くと、シカが草をついばんでいます。

自然豊かな地域です。

 

 でも、なにやら「熊」が近くで出没するらしいです。

 

そこで、教頭が音頭を取って、明日「熊訓練」を行います。

 

先日、GWが始まる前に、職員総出で訓練の進め方の確認をしました。

教頭から入念に説明がありました。

リアル感を出すために、様々な想定が成されています。

「もし、玄関を出たときにクマと遭遇した場合!」

 「この場所でできることとは…。」

「熊を撃退するスプレーを使うときに…。」

 

などを想定した準備をしました。

教頭の説明を聞き、

「おおおお!」

「なるほど…。」

「もし、〇〇なら…?」

 

 職員も真剣でした。

 

熊が出没する理由と、渚滑地域の課題がどうやらリンクしているようです。

ごみです。

何者かが、ごみを捨てていく道があります。明らかに「不法投棄」です。

 

地域の駐在所の方と、現場を観に行きました。

たばこの吸い殻や生活用品が捨ててあります。

「この道に、熊が出るんですよ…。」

そう話す駐在所の方。

 

これらの課題に、地域や学校はどのように取り組むことができるか?

 

 まず、明日(5月8日)、本校体育館で9時15分~10時に、熊訓練を実施します。

天候が悪いようで、外での実施から屋内に変更しましたが、訓練の内容に変更はありません。

どなたでも参加可能ですので、ぜひ、覗きに来てください。

 熊について、みんなで考えましょう!

学級通信というメッセージ便

 毎週末、学級担任から発行される、「学級通信」。

これは、発行することがマストではないのですが、担任の大切な業務になっています。

 

 この学級通信を手にした子供たち、そして保護者の皆さんはどのような心境で目を通しているでしょう…。

 

 昨日、全校朝会があり、その中で「校長からのお話」というコーナーがありました。

そこで私は、「反応(レスポンス)」の話をしました。

 

 先に結論を言うと、「どんなことでも反応が必要であり、自分にできる反応をしてほしい。」

ということでした。

 話を聞いてうなずいたり、手をたたいたり、「なるほど!」「どうして?」などのつぶやきをすることが重要だということです。

 

 今日、校長の机に「学級通信」が配布されていました。

高学年の学級通信には、以下のような記事が掲載されています。

 

 全校朝会で、校長から、「優しいの反対は何だろう。」という話があり、「話をしているのに目が合わなかったり、反応がなかったりすると嫌な気持になるよね。逆に…。(中略)

 この言葉について、学級でも話をしました。

 担任から、『特別なことをするのではなく、自分に置き換えてみたり、相手の立場になって考えたりしながらやるべきことをやることが大切。』と話しました。

 と書かれていました。

 手前みそになりますが、このように、全校児童に話した校長の話を、学級で振り返らせ、担任の味(指導)に生かしていくことがとても大切で、子供たちにどんな思いで、何を伝えたのかを通信に書くことで、メッセージ性が強くなると思います。

 親として、自分の子の担任が、日々どんなメッセージを届けているのか、興味、関心のない保護者はいません。

 

 他の学級通信にも目を通してみますと…、

 「言葉というツールを使って、有意義に効果的にコミュニケーションをとろう。」

という目的で進めている学習活動について紹介がありました。

 その中で担任は、

「たくさんの言葉に触れる機会を増やしていきたい。」

と結んでいます。

 

 学級通信には、担任からのメッセージが必要です。

それが、正解か間違いかではなく、学校として、担任として、一人の人間として、読む人の皆様にメッセージを届けることができたらいいな。と思っています。

 

 担任は、そのメッセージに対する、皆さんの反応を楽しみにしています。

「先生、あの記事読みましたよ。家でも話し合ってみたんだけどね…。」

「先生、あの記事について、賛成するよ。」

「先生、私の考えはね…。」

というものです。

 通信を介して学校と保護者の皆様がつながるといいなと思うのです。

 

 もし、この他にご批判、ご意見ありましたら、校長の私もうけたまわりますので、いつでもどうぞ。

 

 では、GW後半。有意義な休日を…。

 

元気な子供たちと先生

 GW真っ只中ですが、中3日間は学校です。

今日、畑つくり(畑起こし)をしました。

 「いただきます。」

の意味を子供たちは知っているでしょうか?

(命を)「いただきます。」は、誰でも知っているでしょうが、「この命を育ててくれた、苦労や恵」に感謝する思いを、「いただきます。」に込めるのです。

 

 子供たちは、その命を育てる「土」を作ったということです。

 こうした子供たちの活動を先に支えてくれたPTA、地域の方です。

 この後、子供たちは「命の種」を植え、命を育み、その命をいただくことになります。

植えっぱなしにならないように、どういう仕込みができるか、教師の腕の見せ所でもあります。

 

 私も以前、お米農家の方に協力をいただいて、「機械化」の学習をしたことがありました。

先に、子ども達が手作業で稲を植えます。

手で稲を植える作業は大変で、すぐに子供たちも「ね」を挙げていました。

「もう、いやだよ…。」

その言葉を聞いた時、

「お願いしま~す!!」

と叫ぶと、地域のお父さんが田植え機に乗って登場するのです。

子供たちは何事かとびっくり。

 

 その様子を横目に、田植え機があっという間に、等間隔で稲を植えていきます。

そこで、一言。

「機械化によって、米農家にはどんな変化があると思う?」

 

 ここで、子供たちの好奇心に火をつけるのです。

学習の全てに、意図的に意味付けをすることで、学習の深まりは変わります。

 

 話は逸れましたが、渚滑小の先生たちも、学んでいます。

 救急救命の研修です。

AEDの使い方、心臓マッサージについて確認します。

 いざという時の対処法は、毎年確認する大事な研修です。

昨年は、福岡県の1年生が誤飲により窒息死してしまう事故がありました。

その誤飲対応についても確認しました。

 

 大人も子どもも「想定・準備・確認」は、大切なのです。

 

 さらに話は変わります。

 毎日、職員室と校長室に挨拶をする子がいます。

「おはようございます。」

「さようなら!」

 継続は力なり。

 継続は人なり。

 

   素敵な気持ちになることができます。

遊ぶということ

 今日、中休みに体育館をのぞいてみました。

子ども達の歓喜の声が聞こえます。

遊び方は様々。

長縄を跳んでいたり、バドミントンをしたり、ボール遊びをしたり…。

 その中に、先生の姿もありました。

 とても素敵な空間でした。

 

 こうした遊びの時間に、子どもの「素」の姿が見えるものです。

いつもは走り回っているのに、元気がなかったり、ルール上のトラブルで喧嘩になったり…。

こうして、子どもの様子を把握する場でもあります。

 

 そんな場面で、大人はどうかかわるべきか…。

「解決策を教えない」ことに尽きると思います。

 

 せっかくトラブルになったのに、その解決策を大人が提示して、子どもは何を学ぶのでしょう?

 そんな状態が続くことで、「トラブルは誰かが解決してくれる」という間違った学びをしてしまうのです。

 つまり、大人がいないと遊べない子を育ててしまうと言っても過言ではないのです。

 

 しいて出番があるとすれば、

「どうしてあなたは、そうしたかったの?」

「〇〇さんの立場なら、どうする?」

といった、解決のための整理をしてあげることかもしれません。

 

 遊びのルールは変わっていいのです。変え方を学べばいいのです。

 何とか自分たちで解決できたという誇らしさを感じ、そしてトラブルを乗り越えた後に、みんなで笑えたという安心感を味わえるよう、私たちは支えていきたいものです。

 

 

学ぼうとするときの姿

 今日の子ども達の様子を観ていると、思わず楽しくなってきました。

 2年生の算数の時間で、24+15の計算の仕方を説明していました。

ここでのねらいは、24を20と4に、15を10と5に分け、10のまとまり、1のまとまりで考えることです。ひっ算の位取りにつながる学習です。

「…ということです。質問はありますか?」

という子の問いに、私は思わず、

「どうして、10と5に分けるの? 8と7でも、12と3でもいいじゃない?」

と揺さぶりました。

 

少し考えた子は、

「だって、10のまとまりと1のまとまりに分けて足した方が分かりやすいから。」

『じゃぁ、15じゃなく、28だったらどうするの?』

と続け様に尋ねると、他の子が、

「20と8に分けるんじゃない?」

と口を挟みます。

 

 そうです。この状態が大切です。

1人が分かればいいのではなく、ほかの子もみんなが理解するように、仕向けるのです。

 

 

 この学級では、〇m×△m×□mの立方体の体積を求める学習をしていました。

 

ただ公式を使って計算するのではなく、1㎥の実物大を用意して、

「この大きさが何個分だろうね…。」

と考えさせていました。

 

 子が学ぼうとする時とは、「やってみたい」「できそうだ」「どうしてだろう」という学びの必要感を味わった時です。

 ですから、そう思わせるように指導者は意図的に仕向けるのです。

そんな授業を1年間(6年間)続けることが、「学び続ける」ことにつながるのでしょう。

 学ぶことが習慣付けることができれば、「学ぶことの価値」を感じ、興味があろうがなかろうが、目の前の課題を解決しようとするのです。

 

 どきどき、わくわくしながら学校で学ぶ子ども達、職員であってほしいです。

 

当たり前を続けることは難しいけど…。

 「躾」(しつけ)について、考えることがあります。

 

「躾」と「習慣」は表裏一体の関係にあると思います。

皆さんは、歯を磨くとか顔を洗うという行動が、「習慣」になっているはずです。

休みの日だからといって、歯を磨かずにいるとなんだか気持ち悪い感じがしませんか?

 だから、自然と歯を磨いたり、顔を洗うことをしているはずです。これが「習慣」です。

 

 こうした習慣を身に付けるために、親は口うるさく言うはずです。

「歯を磨きなさい。」

「顔を洗いなさい。」

しつけとして、その動作の意味を何度も何度も諭すのです。

 

「靴を揃える」

という動作を見てみましょう。

 

 脱いだ靴を揃えるという動作は、実は面倒な動作が1つ入ります。

「かがむ」

ということ。

 この動作がなければ、家に入ることがもっと早くできるはず。

子どもは、何も言わなければ靴を脱ぎ散らかします。面倒だからです。

 でも、家から出るときに、靴を揃えていた方がそのまますっと靴を履くことができるし、そのことを意味付けて意義を理解できれば、自然と靴を揃えます。

 

 つまり、その習慣が身に付けば、良いこともあるし、やっぱり見ていて気持ちがいいものです。

 でも、続けることは、案外難しいことで、習慣付けるためには何度も何度も繰り返すことが大事ということが分かります。

 

私は、集会の時にまず観察する視点があります。

 

「靴」です。

整列している子ども達の靴を見て、紐を縛っているか、かかとを踏んでいないかを観ます。

 

 こういうところに、習慣が表れ、その時の気持ちが見えることも多いからです。

 

登校したあとの玄関にも目を向けます。

 下駄箱の靴が揃っているかです。

 

 色々な学校へ行く機会があるので、私はついでに下駄箱の様子を観察します。

踵を踏んでいる子が多いなぁ…。

靴がそろっていないなぁ…。

 と感じる学校の授業を参観したとき、授業が立派でも、どうも腑に落ちない感じがするものです。

 

 人によって当たり前と思うことは違えど、不変の教育はあります。

胸を張って、「当たり前を指導しています。」

と言える学校でありたいし、そういう大人でいたいと思います。

 

先生の声掛け

 ふと考えることがあります。

一日が終わり、その日の出来事を思い出したとき、その中で記憶に残っている言葉ってなんだろう…と。

 

 先生に褒められたとか、叱られたとか、

友達にうれしい言葉を掛けられたとか…。

 学校の先生の言葉って子供のやる気を促すこともできるし、よかれと思って掛けた言葉が逆効果になることもあります。

 

  

 本日、全校体育があり、縄跳び検定をしました。黙々と取り組む子供たちです。

先生たちも子供たちに声を掛けています。

 たっぷり縄跳びに取り組んだ最後に、担当の先生が次のように話しました。

「みんなが頑張っている姿はもちろんよかったのですが、

 〇〇さんの姿がよかったです。お友達の頑張っている様子をみて、『がんばれ!』って声を掛けていたからです。」

 すぐにできなくても、自分のできることを表現するのは、これからの体育では必要な視点です。そこを価値付ける言葉で、認められた子は自分の行動を肯定することができますし、他の子供たちも「次はそうしよう!」と目指すすがたが明確にもなるのです。

 

 その後、縄跳びの「目標」を設定している高学年の教室を覗いてみました。

 担任が面白い声掛けをしていました。

「もし、高学年の君たちが、汗をいっぱいかいて縄跳びをしていたら、下級生たちは何を思うだろう…。」

 

一瞬、教室がシーンと静まりました。

この瞬間は、子供たちが思考している(真剣に考えている)表れです。

「…きっと、その姿を見たら、自分たちも負けないで頑張ろうと思うとおもう。」

「真似すると思う。」

 

自分のことはもとより、高学年とは学校のめざす姿であることを理解し、多面的に思考させる「声掛け(問い掛け)」でした。

 

 ひらがなを練習してる一年生教室を覗いてみました。

いい字を書いています。

 その時、担任が、「鉛筆の持ち方、上手ですね。」

と声を掛けました。

「きれいに書きなさい。」

と指示しても、何をもってきれいな文字なのか分かりません。

それよりも、「鉛筆の持ち方」を徹底して褒めることで、筆圧が安定し、整った文字を書くことにつながります。

 

 このように、大人の言葉は、とっても大切です。

でも、先生だって(親だって)時には、結果的に間違った声を掛けてしまうこともあるでしょう。

そんな時は、

「ごめんね。こうなってほしかったんだ。」

と謝罪して意味を説明するしかないのです。

 

 みんなが同じ声を掛けるのではなく、自分ならこう言う! 自分にしかできない声掛けとは? を考えて実行できるほうが、楽しい世の中になると思うのは、私だけでしょうか?

価値付ける大切さ

 本日、全校参観日でした。

学校あるあるの1つですが、始業式から全校参観日までの期間、担任の気持ちは何とも落ち着かないものです。

 学級組織(係活動)や学級の約束を決めたり、担任の思いを話す「黄金の三日間」を経て、今日の保護者との対面が、4月の大切な出来事なのです。

 

 私は、全体懇談会で、

「年間1,000時間の学習時間を、子供たちが自分の学びとして『必要感』を感じ、仲間たちと交流しながら学びの質を高めていく。」

その前提として、家庭の役割「挨拶・返事・早寝、早起き、朝ごはん」を再確認してほしいことを述べました。

 

 1週間、各学級の授業の導入を観察していました。

 ある学級では、1年生のお世話をする高学年の役割について、話し合い活動をしていました。

 担任が一方的に活動を紹介するのではなく、1年生の立場になった時、どんな活動がうれしいか、何が必要かを想起させ、そのために何ができるか?を考えていました。

 国語の授業で、本単元を通してどんな言葉の力を身に付けるのかを、「学びの山」を使って考えていました。

 この学習が終わったとき、自分はどんな姿になっているのか見通しを立てるのです。

 体育では、体育館に設置された器具を前に、「どんな運動をするんだろうね。」

と問い掛け、器具と運動をイメージさせる導入をしていました。

 

 このように、教師と子供たち、子供たち同士が相互に交流しながら学習を作っていく形をとることを説明しました。

 

 その後、場を渚滑中学校に移動し、「合同PTA総会」を行いました。

最後に、私が挨拶を述べることになっていました。

 その中で、

 玄関にきた私に、中学校の先生がこう言ってくれました。

『学校のブログ、楽しみに見ています。生徒たちも見ていますよ。』と。

 

 うれしく、心がほっこりした瞬間でした。

 

 どんな立場になっても、自分の行動や言葉に反応してくれるのはうれしいものです。

こうした、「価値付け」をする大切さを、改めて実感しました。

 

 本日、来校くださった方々、総会に参加してくださった保護者の皆様、お疲れ様でした。

子どもの視点

 毎日、学級の様子を見ていると面白い発見と、変わらないものに気付きます。

 低学年の図工の時間に、教科書を見ながら「探し物」をしています。

図工教科の見方として、「いろ・形・大きさ」があります。

お友達が言った、「黄色!」を探したり、「四角!」「歯ブラシ!」を指さしたりします。

 

その時、バディ(相棒)とともに、探したりすることでかかわりをもつこともできます。

 ある子が、こう言いました。

「おひさま!」

 

 すると、一斉に探し始める子ども達。

「えぇえええ、ないよぉ!」

「どこ???」

 私も一緒に探しましたが、どこにもありません…。

「どこだぁ…?」

そんなとき、

「あったぁ!」

 

キャンディの中に、お日様の形が隠れていたのです。

その形を探し当てた子もすごいけれど、そこに着目した子もすごいと思いました。

「へぇ、すごいよ。」

思わず言葉が出ました。

 

子は、いろいろな視点で物事を観ています。

そんな子に、「しっかりみなさい。」とか「よくみなさい。」と抽象的な指示をしても焦点化されていないことが多いものです。

 

 ですから、私たち大人(教師)は、着目してほしい視点、考えさせたい観点を短い言葉で的確に指示することも大切です。

 

子の観察をしていると、学ぶこと多し

 

 追伸

 明後日は、全校参観日です。

保護者の皆様と担任が、初顔合わせします。素敵な出会いになるように、職員は準備を進めています。

お待ち申し上げます。

一年生初めて物語

 入学して2日経った1年生。

早速、高学年との関りが始まりました。

 「読み聞かせ」です。

物語を聞いている1年生の目は真剣そのもの。

読んであげている高学年のお兄さんも、相手は1年生ですから、ゆっくりと感情を込めて読み聞かせています。

 

 「相手意識」という言葉があります。

どんなことでも、相手がいます。その相手の立場になって、相手を想定して行動することです。

 給食も始まりました。

 給食の配膳も、視点変えれば「相手意識」です。

食べやすいように、お皿を並べることもそうですし、箸の持ち手を聞き手に合わせて置くのもそうです。

 

 昨日、玄関で素敵な状況を目の当たりにしました。

 午前授業だった1年生を、2年生のお姉さんが見送っているのです。

「また明日ね。」

「うん!」

「じゃぁね。」

1年生にとって、うれしいことです。

 

 そして、先生たちも子供たちを最後まで見送っていました。

 「明日も元気で来るんだよ…。」

と背中が語っているのでした。

 

 人はつながって生きていきます。

一人じゃ生きていけないから、違いを認め、助けあいながら学んでいきます。

入学式のために(準備する大切さ)

 本日、7名の新入生を迎え、入学式を行いました。

教室で担任の先生からお話を聞くときも、緊張している様子がうかがえました。

「また明日ね!」

「さようなら。」

と挨拶ができる新入生。チーム渚滑小の一員として、素敵な毎日を過ごしてほしいものです。

 

 さて、私は今日を迎えるまでの職員の様子と、今日の子供たちの動きを観察していました。

  

式場の掃除を入念にする先生や、教室の掲示を丁寧にする先生。

水回りを掃除する先生など、

 渚滑小学校にやってくる新入生だけでなく、進級した子供たちのために…という視点で準備を進めていました。

そして、式が終わった後、

手分けして後片付けが始まりました。

このように、膝をつけて丁寧に作業する子供たちです。

入学式自体は30分間で終わりますが、その準備と後片付けというものは、何倍もの時間と労力を費やします。

私は、こうした目には見えない、「縁の下の力持ち」の存在がチームを育てるものだと考えています。

 

 式の中で私は、

「今年のチーム渚滑小のテーマは『気付く』ことです。」

と話しました。

 そのために、みんなで関わること(挨拶、返事、感謝の言葉)を伝え合うこと。周りの変化に気付くことについて説きました。

 

 もう1つ。

新担任と出会う子供たちの様子を見ていました。

 

 お気付きでしょうか?

そうです。「聞く姿勢」です。

担任の指示、説明を聞く態度です。

 話をしている人にへそを向け、目をみてうなずいて聞いている姿がありました。

 私たちは、自分のことをアウトプットできる子に育てたいと思っています。

そのためには、先に「情報を聞く態度」「聞き方」「聞くポイントを押さえる」がとても大事です。

 素敵な癖(習慣)が身に付いた次に、アウトプットできる子に育てたいです。

 

さぁ、新生「渚滑小」がスタートしました。

「明日も来たい・(期待)学校」を実現し、学校に携わる人たちが「幸せ」を感じられるように、進んでいこうと決意を新たにしました。

 地域の皆様、保護者の皆様、これからよろしくお願いいたします。

 

 下校前に、職員室に会釈する子供の姿が…。

「さようなら。」と職員室の先生たちに挨拶をしているのです。素敵でした。 

令和6年度グランドデザインを掲載しました。

令和6年度の目指す子どもの姿は、「気付き、築く子」です。

① 「自分と向き合う」→ありのままの自分を受け入れる(自己認識の力)。場の状況を把握する(環境把握の力)。
② 「自分を高める」→目標や課題を設定できる。課題を乗り越える。
③ 「他者とつながる」→相手の存在を受け入れ、違いを認める。自分の思いを伝える、その伝え方。態度の出し方。

特に、①を大切にした教育活動を展開していきます。4月からもどうぞよろしくお願いいたします。

令和6年度は「気づき、築く子」の育成を目指します。

本日、第76回卒業証書授与式及び修了式を行い、今年度の教育活動すべてが終了(修了)しました。最後の授業にふさわしい、卒業生も在校生もこれまでの力の集大成としての場になっていました。

保護者のみなさまをはじめ、地域のみなさまや関係機関のみなさまのご協力により、今年度の重点教育目標「関わり合える子」の育成に努めることができました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

子どもたち全員に言えることですが、「関わり合える子」の特に「振り返る力」(自己評価能力)が高まったと感じております。
この力は、計算ができた、とか、漢字が書けるようになった、とか、なかなか見える力ではないかもしれません。
しかし、何かを行った後に振り返る…「できた・できない」「楽しかった」だけではない何かを自分なりに考え、言葉にできることは今後の人生の中で大きな力になると信じています。

令和6年度は、「気づき、築く子」の育成に努めてまいります。
特に「自分と向き合う力」(自己認識の力、自分の心を安定させる力)を大事にしていきます。
ゆったりと自分を見つめ、自分を大事にできるよう、職員一同取り組んでいきますので、変わらぬご支援・ご協力を賜りますようお願いいたします。

何を大事にするか(卒業式の取組)

今日ははじめての卒業式全体での取組(練習)がありました。
本校の卒業式の取組にはいくつか特徴があります。
1.いわゆる「呼びかけ」では、原稿を見ながら伝えてもよい(当日も同様)
2.うまくいかなくても流れを止めない

1.については、暗記して覚え、言えることが最も大事なことではないと思うからです。
それよりも、卒業生に向けて(または在校生に向けて)語れることが大事であり、語るために原稿が必要なのであれば手元にあってもよいと押さえています。
2.については、流れをつかむためにはうまくいかなかったたびに動作を止めていると、「長い時間かけてやること」(姿勢や時間感覚等)の体験ができなくなってしまう。また、うまくいかない中でもどうするかを考えられることが大事であることから、最初から最後まで通してやることを大事にしています。

日常の「関わり合える」姿を追い求めてきた子どもたちです。今日卒業式でも問題ないくらい素敵な姿がたくさん見られました。
卒業式も大事な「授業」です。

お話の世界に浸る(今年度最後の読み聞かせ)

今日は学校図書館司書が来校し、読み聞かせをしていただきました。
(今日が今年度最後の読み聞かせでした。)

今日は昔話の読み聞かせでした。
司書の語りに引き込まれながら、お話の世界に浸っていました。

(1年生から6年生まで網羅する内容を扱うのは難しいですが、どのお話でも聞ける子どもたちです。)

6年生を「安心」させて送り出す(6年生を送る会)

本日は6年生を送る会がありました。
6年生に「安心」してもらい、楽しんでもらうために在校生が企画した出し物やプレゼントの発表がありました。

1~5年生が(今回の教育活動を通して)自分たちで計画し、協力して取り組む姿が見られることが、6年生にとって「安心」すると言えます。
今日の姿を見て「安心」して卒業することができると6年生は話していました。

6年生は最高学年として1~5年生の先頭に立っていろいろなことを進めてきました。
特に「自分たちで考え、進んで行動する」ことができる姿は本校にとって大きな財産です。

1~5年生は6年生の背中を見て、自分たちに生かそうと今取り組んでいます。

1年間の「関わり合える子」の集大成(全校参観日)

本日は全校参観日でした。ご多用のところご参観いただきありがとうございました。
本日の授業を「1年間の関わり合える子」の集大成として位置付けております。

・自己評価能力…自分のことを振り返ったり見つめたり考えたりする
・自己調整能力…自分なりのめあてをもったり学習を進めたりする
・望ましい人間関係の形成…友達や先生、(今日の体育の時間は保護者のみなさま)と関わり、お互いを知る

どの授業からもそのことが伝わってきました。
今日の授業の姿から子どもたちの成長を感じ取っていただけたらうれしいです。

異学年と「関わり合える」場として(クラブ活動終了)

本日で今年度のクラブ活動が終了しました。

本校のクラブ活動の特長として、色々な内容のものを体験できるところにあります。
・野球(雨天時:バドミントン)
・アイビスペイント(お絵かきアプリを使ったお絵かき)
・編み物
・理科実験

異学年と「関わり合える」場として、とても貴重な時間を過ごしました。
特に、その時間のクラブ活動を進める担当を毎回変えたこと、6年生中心に縦割りで進めたことも「関わり合える」子を育てるために大事にしてきました。

※この写真は4~6年生で振り返りを行っている場面です。

次につなぐ(児童会:立会演説会)

今日は児童会役員の立会演説会がありました。
本校は会長1名、副会長1名、計2名の体制で児童会を運営していきます。
(ただ、細かい部分については4年生以上の児童みんなで運営していきます。)

複数の候補者が出なかったため、立候補者が当選した形となりました。
今までは立会演説会の場をつくっていませんでしたが、任命されてから何をしていきたいのか、どんな学校にしたいのかを語る場があってもよいのでは、そしてそのことをみんなに聞いてもらう場があってもよいのでは、というところから進めてきました。
立候補者以外の友達も応援演説をしました。応援演説では立候補者のよさが語られました。

「関わり合える」場(これまでの学びを生かして:小中特支交流会)

本日は中学校の特別支援学級の生徒との交流会がありました。
今年度、小学校の特別支援学級の子どもたちは「おもてなし」をする立場でした。
(昨年度は中学校からおもてなしを受けました。)

どうやったら楽しい交流会になるかを考え、準備してきました。
普段からの学びを生かす場としてとてもよい経験になりました。


※これらの写真はリハーサルの様子です。

「動く」授業(6年:保健の授業)

今日は6年生の保健の授業を紹介します。
内容は、自分たちで調べた「たばこについて」「飲酒について」「薬物乱用について」の発表の時間でした。

発表の内容も素晴らしいのですが、
・相手に話をするような「語り」ができる
・聞く側の質問が内容を深めるものになっていること
が挙げられます。

それだけではなく、質問して発表者が答えられなかったときには、一人一台端末を活用し、わからないことを調べながらみんなで解決する場面が見られたことがすごいと思いました。

このような学びを成立させるためには、「話をしているときに手を置く」といった指導「だけ」ではうまくいかないと思います(もちろん、そのような指導も必要な場面もあります)。
今日の授業は「動く」授業だったと感じましたし、「関わり合える」子どもたちの成長した姿を授業を通してみることができました。

(ちょっとだけ)学びを止めない(オンライン授業:1日目)

今日、明日と新型コロナウイルス感染拡大防止のため、臨時休業となりました。
”ちょっとだけ”学びを止めないようにするため、一人一台端末を活用したオンライン授業を実施しました。
(体調がよくない子などは参加しなくてよいことにしております。)

”ちょっとだけ”というのは、対面で授業している内容や方法、時間と同じではないという意味ですので、学年や子どもの実態に合わせた内容・時間で進めました。
子どもたちはいつもと違った授業を楽しんでいました。

自分で決める・自分たちで決める(児童会活動)

今日は4年生以上が参加する児童会活動がありました。
これからはじまる選挙活動の説明と今年度の児童会活動の振り返りを行いました。

選挙については、
自分で決める(立候補者及び投票行動)
次年度の活動については、
自分たちで決める(今後の児童会について考える)
ことを大事にしていきます。

今年度の6年生が築き上げてきたことを継承できるよう、役員交代と併せて引継期間を設定しようと考えています。
本校の子どもたちの人数がその年によって異なるため、毎年同じ運営にしづらいところもありますが、子どもたちの「自分で決める・自分たちで決める」力を高めていきたいと思います。

冬を楽しむ(スキー学習)

1/30(火曜日)はスキー学習でした。
年3回の学習ですが、雪国のスポーツに親しんでほしいという願いもあります。

スキーの着脱、スキーのコントロールは子どもによっては難しいことかもしれませんが、滑ることができたときの爽快感は言葉で表現できないくらい楽しい気持ちにもなります。

あと2回予定されていますが、その子なりの技術の向上を目指せるよう、また、よりスキーに親しめるよう、指導・支援をしていきます。

モチベーションを維持する(縄跳びの取組)

本校では体力向上の一環として、年間通した縄跳びの取組を進めています。
1学期は個人の取組、2学期は学級での取組(大縄跳び中心)、3学期はまた個人の取組に戻す流れで取り組んできました。
行事があるときは無理をせず、できる範囲で取り組むことも確認しながら進めてきました。

得意・好きな子、苦手・嫌いな子はそれぞれ当然いますが、その子なりの取組を尊重しながらの活動です。
苦手・嫌いな子も笑顔で取り組める一つの環境づくりとしては、全教員がそこにかかわり、学年・学級を超えた「関わり合い」があることです。子ども自身、縄跳びを通して自分の存在を見てもらえるという意識をもつ可能性があることを考えると、教員の力は大きいです。

自分の目標に向かって楽しく取り組んでいる子どもたちの成長を知っていただければありがたいです。

友達の「よさ」「違い」を知る(自由研究発表会)

今日は自由研究発表会がありました。
冬休みに取り組んだ作品や自由研究を発表し合う場です。
2学期始業式に「友達との違いを見つけてほしい」と伝えました。今日はその違いに気付ける、一つの場となりました。

発表に対する感想や意見を伝える姿、真剣に発表を聞く姿から、相手意識の高まりを感じることができました。

「いきなり頑張ろうとしない」とは、自分に負荷をかけ過ぎないこと

3学期がスタートして3日が経ちました。
子どもたちは2学期と変わらない姿を見せ、一生懸命学習に取り組んでいます。
とはいえ、この姿は私たちから見える姿の一つに過ぎず、もしかすると子どもたち一人一人にとっては私たちの想像をはるかに超える(慣れるまでの)大変さを抱えているかもしれません。
冬休みは家庭での生活が中心だったのが、3学期がスタートしたとたん、学校での生活が中心となります。
すぐにその調子を取り戻せる子もいれば、時間がかかる子もいます。

始業式で伝えた「いきなり頑張ろうとしない」とは、子ども自身の心の中で「○○ができなければならない。」など、自分を追い込み過ぎない、ハードルを上げ過ぎないでほしい、という思いも込めて伝えたことです。学校では子どもたちの心がそうならないように配慮しています。
もちろん、学習に取り組む以上は一生懸命にやる子たちです。その一生懸命さのあまり、その時間がいつもより続かなかったり思った通りにできなかったりすることもあることから、うまく心が整わないときには先生方に伝えてください、とも伝えています。

そのような子どもたちの姿・心、そして授業を中心とする学校生活に向き合っている姿を共有できれば、と思います。

いきなり頑張ろうとしない(3学期始業式)

今日から3学期がスタートです。
残念ながら2学期終業式は臨時休業のためできませんでしたが、子供たちの元気な顔を見ることができ、うれしくなりました。

今日の始業式で2つ子どもたちに話をしました。
1.「いきなりがんばろうとしない」こと
今までと生活が変化するのだから、ちょっとずつでいいから慣れていく。
2.相手の「違い」や「よさ」を見つけること
そのために、相手をよく見て、会話(おしゃべり)を大事にしてほしい。

その他、児童代表の挨拶があり、3学期は振り返りをして次の学年で生かしてほしい、という話がありました。
また、冬休みの思い出発表もありました。楽しかったことや3学期につなげたいことを相手に伝わるように発表できていました。
能動的に話を聞く子どもたちの姿はいつ見ても素晴らしいです。


今年度途中から校歌を子どものピアノ生伴奏で歌っています。

よりよい授業をするために(校内研修)

上の写真は先生方が研修をしている一コマです。
今日の放課後は先生方が研修をしていました。
子どもたちが取り組んだテストの結果を分析し、どこに課題があるのかをみんなで話し合いました。
課題がある…このように伝えると、子どもができていない、という見方をしがちですがそうではなく、私たち教師がどのような授業をしていったらよいのかを考える素材としてこのような結果に向き合うようにしています。

よりよい授業にするために、先生方は常に学び続けています。

「望ましい人間関係の形成」の具体的な姿の一つ(大縄跳び集会)

今日の中休みに大縄跳びの集会を行いました。
2学期の体育の時間を中心に各学級で取り組んできた成果を発表し合いました。
(低・高学年は一度にみんなで跳ぶ大縄跳び、中学年はどんどん入れ替わって跳ぶ大縄跳び)
この取組は広い意味での体力向上の一環ですが、それ以上の”得られるもの”がある取組であると押さえています。
他の学級が跳んでいる姿を見て、
・応援する(頑張ってとの声掛けに「頑張る」と反応することも含めた姿)
・数を数える(とんでいる人に対しての励ましにもなる)
という姿
・失敗しても責めなかったりどんどんチャレンジしたりする姿
このような姿からも、「望ましい人間関係の形成」を見取ることができます。
とても素敵なかかわりができる本校の子どもたちは、すごく成長しています。

「関わり合える」と楽しい(もちつき体験学習)

今日は西部耕地出張所様のご協力をいただき、もちつき体験学習を行いました。
今年度はクマ出没のため、田植え体験だけはできませんでしたが、収穫、脱穀精米と今回のもちつきを体験することができました。
体験を通して、もちつきの場面で西部耕地出張所のみなさまと会話を楽しむ姿、もちをつく人を応援する姿(西部耕地のみなさまからお褒めの言葉をいただきました)など、「関わり合える」姿(特に望ましい人間関係の形成につながる行為)が見られ、「自然と」これまで学んできた姿を出していました。

西部耕地出張所のみなさま、今年度1年間、本校の教育活動にお力をお貸しいただきありがとうございました。

中学校との「関わり合い」(中学校体験入学)

今日は渚滑中学校の体験入学がありました。
中学校では学校の説明や授業参観、授業体験を通して中学校の雰囲気を全身で感じ取っていました。
中学校の先生方も行事等で関わっていることもあり、また、小学生にとっても中学校の先生を知っていることからも大きなプレッシャーを感じることなく、スムーズに溶け込んでいました。
小学校と中学校のスムーズな移行を成立させるための「関わり合い」…このことも渚滑地区の特色が生かされた教育活動だと認識しています。